好きであること、テクニックがあること

数日ブログをお休みしているあいだに、親族関係の交流で忙しくしていた。夏休み、お盆らしい日々だ。子どももテンションが高く、寝るまでに時間がかかる。ブログを書く自由も奪われていた。

そんななか、今日は放送大学・一学期履修科目の成績発表日だった。無事に履修四科目すべて合格。これで自分の目標としていた資格に必要な科目が揃う。

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私にはイラストの上手い友人がいる。幼い頃から知っている友人だ。何かのキャラクターデザインの公募に採用され賞金を貰っていたこともあった。先日その友人に会ってイラストの話になったのだが、友人は「〇〇さん(私)を勝手にライバル視して、私はイラストを描いていたんだよ」と言い出した。え?そうなの?

確かに私はその友人と、よい意味でライバルだなとは思っていた。ものすごくベッタリ仲がよいわけではなかったし。どちらかというと勉学やクラスでのリーダーシップにおいて刺激しあっていたような気がする。しかし友人はそうでなかったらしい。

イラスト…小さい頃は絵を描くのが好きだったけれど、それが大きな趣味になるとか仕事になるとかいうことは考えられなかった。好きでも、自分で思っていることを絵で表現することの難しさを感じていた。絵では何も伝えられない、自分で自分の絵を鑑賞してもちっとも楽しくない。私は自分で絵を描きたい気持ちが年々減っていく。

やはり人は好きなことを続ける生き物なのか。そしてそれにテクニックが備わっている人が結果を出す。友人は絵に関してどちらも備わっていたのだ。そして私は、幸いにも文章を書き続ける病気にかかっている。幼い頃から今までずっと治らない病。人と比べて稚拙な文章であっても変わらなかった。あとはテクニック、だな。

日常すぎる風景

帰省は一泊と決めていた。夜に他者の気配がすると眠れないと祖母が不満を言うからである。帰省すれば自宅以上に家事労働が待っているし(サマーウォーズばりに人間が居る家なのだ)、夫が盆休みもなく働いている時に妻子が不在なのも気が引けた。

幸いなことに、翌日は祖母がデイサービスに行く予定になっていた。いざその時が来ると、祖母は行きたくないとゴネた。デイサービス老人が居る家庭ではもはや風物詩、日常の風景だ。病気と老化が進んでいるのに意外と力は強く、車内に乗り込む際も頑なに車椅子の肘掛を握りしめている。中学生のころ、私が熱で37度あったときも「かつて自分は38度でも働いていた、だから37度は熱ではない」と祖母に言われ無理やり登校し、倒れて早退したことを思い出す。いいなぁ、ボケたらそんなこと忘れて自分の欲求に忠実で。

なんとか車に乗り込んだ祖母をみんなで見送り、私は掃除機をかける。近所の友人が子どもを連れて立ち寄ることになっていたのだ。掃除機をかけながら、私は友人に「きょうだいの子の障害」を事前に言うべきか悩んでいた。私のきょうだいの子どもは見るからにわかりやすい障害がある。もしかしたら友人の子どもたちは驚いてしまうかもしれない。普段家族でしか会うことがなく、なにも事情を知らない人と共に過ごすことがなかったから、どうすべきかよくわからなかった。

結局「まぁ事前に言うのも何だか面倒だし、見ればわかるからもういいや」と、そのままにして友人たちを出迎えた。きょうだいにも親にも友人たちが来ることは伝えたが、障害の話はしなかった。そのことを言ってくる人もいなかった。

友人がやってきて、我が子と友人の子どもたちは一瞬にしてワイワイ遊び始める。何度か会っているので慣れたものだ。私はお茶の用意などでドタバタと行ったり来たりしていた。その間に友人と私の親、きょうだい、きょうだいの子、みんなで楽しく話をしていたようだ。あまりにも普通に過ごしてしまった。でも、そんなものなのかもしれない。これが我々の「普通」で、それを友人たちも判ってくれたのではないかと思う。

思いがけず昼食も一緒にとり(夏は素麺があってよかった、すぐ出せた!)、夕方私たちが帰る直前まで共に時間を過ごした。別れを惜しみ子どもたちは泣き、我々親たちは「また会えるから」となだめて田舎を後にした。帰宅し落ち着いてから友人にこの日の写真をLINEで送る。と同時に「きょうだいの子のこと、何も説明してなくて、もし驚かせたらごめん」と書いた。友人は「驚かなかったわけじゃないけど、〇〇さん(私)たちにとって日常なのがよくわかった、伝わった」と返事をくれた。

雨降り、雨止む

帰省の行程は中学時代から通学で通い慣れたルートを含んでおり、子どもに「あと何分なの」と尋ねられても返答が中途半端になることはない。同じように帰省する人で車内は混んでいる。東北に帰省している友達が「こっち、最高気温25度なんだけど」とメッセージをくれた。西日本のこちらはそれよりさすがに暑いだろうと思っていたが、最寄駅に降り立つとひんやりとした風が吹いた。外はしとしと小雨が降っている。

駅に親が迎えに来てくれていた。ここからさらに車で数分のところに、私が長く住んだ家がある。既にきょうだいとその子どもは数日前に帰省していた。親に孫、つまり我が子たちと遊んでもらい、私は作りかけの昼御飯を調理する。私がずっと苦手としている、私をいじめた祖母は介護ベッドで横になっている。祖母は私が誰だかもう覚えていない。すなわち、私をいびって暮らしていたことももう二度と思い出すことはないだろう。一応「〇〇の娘です」と自己紹介と挨拶をして、調理に戻る。料理をしても暑くない。エアコンも要らない。ここはそういう田舎だ。

食事を終えたら今度は父の実家へ行く。祖母が一人暮らしをする家だ。何度も来ているけれど、今日は何だかいつも以上に汚れている。年を重ねるごとに目も見えづらくズボラになるのか、普段誰も使用しないからなのか、グラスに汚れが目立ち畳にゴミや埃が多く、全体的に湿気を感じる。ある程度みんなで語らいお茶をしたところで、我慢できなくなった親が掃除機を持ち出した。「お義母さん、掃除してあげますわ!」ここは乗らなくてはならない。「私も!こういうときじゃないと手伝えないから!」

客間以外の、かつてここに長期休みで長く預けられていた頃に過ごした部屋はもっと汚れていた。私、ずっとこの部屋でテレビを見てゴロゴロしていたのに、そのゴロゴロしたあたりの畳は埃まみれになっている。幼いながら手伝いをしたキッチンのスリッパがしっとりしすぎている。物置になり使われていないダイニングテーブル。私は、自分が泊まりに来られなくなった年月の長さを実感した。

祖母は「もういいよ、ばあちゃんやるから。ばあちゃんいつも適当だからさ」と所在なさげにしている。自分のテリトリーを荒らされる辛さもあると、わかってる。ごめんおばあちゃん、でもこれは私たちがここ数十年間に盆暮れ正月と法事に来る程度で、この家にじっくりと向き合っていないことへの反省でもあるんだ。

少し輝きが復活したところでタイムアップとなり祖母の家を後にした。小雨は墓参りのときに止んだ。いつもそうなのだ、帰省すると小雨が降りそして墓参りの前に必ず止む。私が結納をした日もそうで、帰り道は晴れて虹まで出た。我が子が生まれたときは三日間土砂降りで、入院と退院のときはしっかり晴れていた。きっと偶然だと思うけど、あまりにもこんなタイミングばかりで私は思う。お父さん、泣いてるでしょ?

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……というブログを、帰省先で書いています。子どもは眠り、私は蛍のようにスマホの画面を暗闇に光らせています。外から、おそらく田んぼから、りーりーと鳴く声がします。カエルではないこの声、何だろう。もう忘れてしまいました。まさか、もう鈴虫!?わからないまま、いまメガネを外しました。おやすみなさい。

絶対生きる

一人暮らしの祖母に電話をした。
明日会いに行きます、と。

祖母はもうひとり子どもを産めと言う。
「(いま生きている我が子が)死んだらどうするの?」と。

祖母は、早くに亡くした祖母自身の息子、つまり私の父のことを考えているのだ。

私は答える。
もう子どもは産まないよ。
だって、我が子は絶対に死なないから。

我が子は絶対に生き続けるから。

『星の王子さま』が読めない

先日のプチ旅行で「旅先で旅行記を読む」を実現させるべく本屋へ行った。子どもはお気に入り本の続編を見つけあっさり購入決定したが、私はなかなか見つからない。旅行のガイドブックコーナーはあるけれど旅行記は発見できない。

ウロウロしていると『星の王子さま』の背表紙が目に入った。あっ、と言いながら手に取る。見覚えのある表紙のイラスト。「ママそれ買うの?」と言われるが戻す。いや、ママこれ毎回読んでは途中で止めちゃうの。どうしても読めないの。と説明する。

本当は「愛読書は『星の王子さま』です」と言いたいくらい、コンセプトや考え方は惹かれる。けれど実際に読むと拍子抜けしてしまう。胸に響いてこない。「大切なものは目に見えない」と言われても、そんなことわかってる。むしろ、見えるものだけを最初から信じない。

私の周りには『星の王子さま』が好きな人が多く、みんながその良さをワイワイ語り合うのを見てすごく寂しかった。私には、どうしても良さがわからない。本当は好きになりたいのに。

宮崎駿監督のアニメ作品『崖の上のポニョ』を観た時も同じような現象が起こった。私はジブリ映画が大好きなのだが、ポニョだけがわからない。確かに美しく純粋なシーンが多い。でも観た後に何も心に残らないのだ。そんな自分がショックだった。私はマックロクロスケが見えない以上に何か欠落しているのだろうか。「すっごくよかったね!」と女友達が涙目で語るのを、え?あ、うん。そんなに?と、動揺しながら眺める。

今回私はNHKの100分de名著テキストシリーズより、大岡昇平の『野火』を選んだ。理由は特になく、直感で。パラパラと中身を見る限り、『星の王子さま』よりは自分向きだなと思う。

 

大岡昇平『野火』 2017年8月 (100分 de 名著)

大岡昇平『野火』 2017年8月 (100分 de 名著)

 

 

 

「空に星が出てるよ」

日本列島に台風が上陸する今日、私と子どもは旅に出た。目的はある大御所ミュージシャンのライブ。このブログにも書いたとおり五月にも地元でのライブを観ているのだが、そのときは立見。持参の折りたたみ椅子で何とか乗り切り充分に楽しんだのだが、やはり終演後に疲労がドッと来た。そんな我々を見かねた夫が「せっかくだから夏休みに泊まりで行っておいでよ」と、比較的近くの都市で行われるライブに行くよう勧めてくれたのだ。

よりによって台風の日。夫も朝四時起きで仕事。送り出してからひと眠りし、家事に加え不在中の夫の食事作り、列車内での弁当も…と、ドタバタしているうちに予定時刻になってしまった。外はやはり風が強い。列車は動くのか、不安になりつつ移動する。意外と駅は通常の雰囲気。そして乗換案内で検索した時間通り目的地に着いてしまった。

チェックインしてしばらくホテルでゴロゴロと過ごす。子どもと二人きりは珍しいことではないが、こうやって外で二人だけで泊まることは初めてだ。部屋もいつもの宿泊より広く感じる。月曜の宿泊だから、広い部屋が格安になっていたのもある。

タクシーでライブ会場へ。初めての慣れないホール。不思議な形に戸惑う。物販の列に並び、前回買えなかった「通常はファンクラブ限定のCD」と、夫へのお土産であるTシャツを買う。ロビーは広く、座る場所もたくさんあった。コンビニで買ったサンドイッチを食べながら、気合を入れるかのごとく子どものヘアスタイルを変えてやる。

座席はラッキーなことに、一階二十数列め、PA卓の後ろ。PA卓の直後二列は観客を入れないようにしてあり、そのすぐ後に座る我々の視界を遮るものはほぼ無かった。しかもど真ん中通路側の席。目の前にあのミュージシャンの姿が見える。万が一子どもがトイレを訴えても通路側なら安心だ。

ライブが始まる。ミュージシャンは雨の中来てくれてありがとう、と言う。「これまで一度も天候不順でライブが中止になったことはない」「メンバーは二人、今日東京から移動だったけど何とかなった」とのことであった。今日も素晴らしい歌声、素晴らしい演奏。前回よりも会場が一体となる盛り上がりを感じた。さらに、我が子がついに、このライブ中全て起きていた。全ての曲を楽しんだ。イントロでわくわくする我が子、オールディーズのカバーを気にいったと喜ぶ姿、好きなフレーズでニコニコする様子をたくさん見られた。二重、三重の楽しみ。

特に終盤の盛り上がる曲ではジャンプして手を叩く我が子に、近くの席の大人たちがウケていた。私もかなり笑ってしまった。そんなに嬉しかったのか…。

アンコールが終わり、最後にミュージシャンが「台風は過ぎた、もう空に星が出てるよ」と言った。タクシー待ちの列に並びながら空を見る。本当に星が出ている。なんて素敵なエンディング。それを含めた素晴らしいライブをありがとう。

 

旅先に持っていく本

私の世界は「家族、子どもの学校と習い事、SNS」で出来ている。そのくらい狭い。そして今日もSNSで友人知人の動向を眺める。

ある知人が仕事で英語圏に数週間滞在している。普段はSNSであまり発信しない彼も、珍しくちょっとした投稿を頻発させている。今日は川辺で水面を眺めつつ読書をしているという。私はふと気になりコメントを寄せてみた。そんなふうに読書をするのは風景込みで思い出になっていいね、と。そして読んでいる本は英語なのか日本語なのかと。

即座に返信があった。そりゃ日本語に決まってると。彼は英語が堪能だし、現地で英語の本を買っている可能性も考えられたがそうではないようだ。滞在先の英語漬けの生活を抜け出し日本語に浸る時間をエンジョイしているという。そしてSNSでも日本語を求めていたのか、逆に彼は「君こんな時間に起きてるの?まだ日本は夜中でしょう?」と尋ねてきた。その投稿は午前四時。今日私は夫の仕事の都合で早起きだったのだ。

そんな話の流れになりコメント欄に書きそびれてしまったことを、今ここに書こう。

旅先に持っていく本というのはどんな本なんだろう。特に海外。わざわざ日本から、荷物を出来るだけ少なくしながらも持っていく本。単純に「そのとき読みかけだから」だけではない何かがありそうだ。その、それぞれのセレクトに興味がある。よく「ビーチで本を読んだ」という記述を見かけるけど、そのような異世界で読む本ってなんだろう。そこで敢えて松本清張、とかあるのだろうか。

私は旅行のときに本を持っていったことが殆どない。写真を撮るのに忙しいからだろうか?ガイドブック程度しか持ち歩いた記憶がない。

最近オードリー若林さんのキューバ旅行記を読んだときふと思ったことがある。いま私はこれを家で読んでいるけど、旅先で読んだらどんな気分になるだろうかと。同じキューバではなく、全く違う場所で読むと感覚も違う気がする。そのうち旅をすることがあったら試してみたい。旅先で読む、他の土地の旅行記。