文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

Queenの与えた影響

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先月、遅ればせながら映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見てきた。今更説明する必要もないほど人気のこの映画。SNSでも大絶賛のコメントを多く見かけ、リアルなお友達数人も興奮の感想を述べていたことから、興味を持っていた。

また、私は音楽映画を好む傾向にあると自覚していたのもある。ミュージカルというよりは「音楽に関する記録映画好き」といったところだろうか。もちろんミュージカルも好きだけど。

というわけで夫や子どもが出かけている日を狙い鑑賞してきたのだが、控えめに言って最高、どハマりしてしまった。買ったドリンクとフードを摂る暇もないほど最初から油断できない映画であった。結局ドリンクはエンドロールで飲み、フードは持ち帰った。

クイーン(Queen)の音楽は今までに何度も耳にしたことがあるし、フレディ・マーキュリーという人も知識として知っていた。クイーンがビートルズと並び有名なイギリスのバンドであることも。だけど腰を据えて彼らの音楽を聴き、その裏にある物語を見せつけられると、ただ聴く以上の感動が押し寄せてくる。

私は高校時代の懐かしい出来事を思い出した。体育祭か文化祭の準備中、学校敷地内を走る軽トラックの荷台に乗った上級生男子集団が、何故かクイーンの『We will rock you』を熱唱し始めたのである。イベントで盛り上がって調子に乗りがちな人々だったので「あー、はいはい」とこちらは冷めた目で見ていた。あれ英語簡単だもんね、なんて意地悪な気持ちを持って。

今思えば彼らの気持ちがよく分かる。あんなにシンプルでノリやすく、人の心を煽る曲を知ってしまったら、そりゃ歌いたくもなるわと。映画を観たあと私は帰りの電車でクイーンに関する情報を検索しまくり、帰宅してからはYouTubeLIVE AIDの動画を確認し「映画のまんまじゃないか、いや、映画が事実に忠実なのか……」と打ちのめされながら、再度その世界に浸ったわけである。

ビートルズが世界および日本のミュージシャンに多大な影響を及ぼしたのは有名な話だが、クイーンもそうだったのだと、じっくり楽曲を聴くようになって気づく。特に楽曲の構成やトラックの重ね方の工夫は映画にも描かれていたように相当研究されており、それに影響を受けないわけがない。

以前このブログにも書いたが、私はかつてチャゲアスことCHAGE&ASKA*1が好きで良く聴いていた。彼らの「なぜに君は帰らない」という曲を久々に聴く機会があり私は驚愕した。これ「ボヘミアン・ラプソディ」じゃないかと。

https://youtu.be/Kcv4kmufGR0

YouTubeのコメント欄やツイッター検索結果でも同様の指摘がみられた。私はこれまで散々この曲を聴いてきたけれど、一度もクイーンとの類似性に気づかずここまで来た。それに気づき改めて曲をじっくり聴くと、ギターやピアノの音が明らかにクイーン寄り。構成は実にボヘミアン・ラプソディ的で、ミュージックビデオで鍵盤がアップになるあたり確信犯といった感じでニヤリとしてしまう。

というわけで間接的にクイーンにしっかり影響を受けていたことが判明した。他にもこのようなケースは多そうだ。これから何か気に入った音楽があれば深くその曲を聴きこみ、影響元を推察するという遊びをしたら楽しめそうである。

*1:彼らのグループ名表記は何パターンもあるが私はこれが好きである

私の元旦

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暗くない話も書いておかねば。

一月一日の過ごし方は結婚以来ずっと変わらない。私は前日砂抜きをしていたハマグリでお吸い物を作り、祖母手製の餅をレンジにかける。そのあいだに夫が郵便受けの年賀状を確認する。お吸い物と餅を椀に入れ雑煮が完成、おせちを広げみんなで朝食をとる。爆笑ヒットパレード をオンタイムで視聴する場合もある(録画し後日ちまちま見ているのだ)。

年賀状を読み「もし届いたら返事を出す」と決めている人に返事を書く。こちらが遠慮して年末に投函していないケースもあるのだ。洗濯物を干し、先ほど書いた返事と去年の破魔矢を持ち出かける。ポスト経由で近所の神社に破魔矢を返納しお参り。今年の破魔矢を買い、神社前で家族写真を撮る。

そのあとは夫の実家へ。いつも散々おせちやお雑煮をご馳走になり何もしない嫁である。「いいからゆっくりしててね」という夫母の言葉に甘えてここまで来た。夫母が他の人にキッチンを触られるのが好きでないという情報も真に受けて。しかし、子どもが大きくなったのと夫がうたた寝を始めたことから今年は珍しく洗い物をする。手を動かしながら夫母と話すのはなんだかいつもと違う趣がある。日本の奥様方はこうやって共同作業することで結束を固めてきたのだろうと想像する。

よくお正月の「嫁業の辛さ」や「男は呑んで寝て、女は働いて」という話を聞く。もちろんそれは時代遅れだと思うけど、共に作業する楽しみは味わいたいものだ。みんなで準備して楽しみ片付ける。夫母は何度も「洗い物させちゃってごめんね」と言ってくれた。いや、楽しかったです、むしろまた楽しませていただけたら。

静かな生活のために

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あと数日で年越しという頃、独居老人である父方の祖母から手作りの餅が届いた。手作りといっても祖母宅にある「餅つき専用機」でついた餅だ。しかしその餅を祖母の手でひとつひとつこねて形にするから、個体差が著しく形も歪(いびつ)。それをジップロックに詰め替えながら、九十を過ぎた祖母の手を思い出す。農作業と内職、介護に明け暮れた手。

祖母にお礼の電話をかける。祖母は長電話大好きマシンガントークおばあさんとして知られる人間だ。最近はさらに耳が遠くなり短く切られることが多かったが、この日は従来のパワフルさを取り戻していた。聞けば「面倒で放っていた補聴器をつけている」とのこと。なんだよ、普段から付けなよ。田舎は年の瀬に雪が三十センチ以上積もったというから、祖母は話し相手に飢えていたのだろう。私はキッチン戸棚の扉を拭きながら話すことにした。

ここからは年末に勃発、いや再発した、母とのいざこざについて記録しておかねばならない。

雪深い田舎だから正月に帰れぬ年も多いけれど、前回訪れたのが一年前。なんだかんだで一年あの田舎町に足を踏み入れていない。母には従来より困らされることが多かった。数ヶ月前に母が夫の母に迷惑をかけた件を機に、私は母との交流を絶った。LINEのブロックや電話の着信無視、郵便物受取拒否である。交流断絶前に何度も言い聞かせたにも関わらず、自らの落ち度など全く理解していない母が業を煮やしたのか、今回私の夫に直接SMSで連絡を取るという暴挙に出た。よりによって夫の仕事中に。

それによりどんなことになったか、ここでは省略する。その結果私は母に電話をし「これから、電話がかかれば出るようにするので、夫を巻き込むのは絶対にやめてください」と泣きながら懇願した。悲しみと苦しさと風邪で涙と鼻水が止まらない。「しかし、私はあなたと雑談をしたくありません。この数ヶ月関わらないことでかなり楽に過ごせていました。電話は、本当に用事がある時にしてください」「あなたの趣味は好きに楽しめばいいけど、夫の母や私たち家族を巻き込まないでほしい。あなたの趣味をみんなが好むとは限らない」……それらの言葉は、母にきちんと通じた可能性は低い。だが、さすがに母もマズい雰囲気だと察知したのか珍しく謝罪の言葉は出てきた。しかしあまりにも適当に「ごめん、悪かった、ほんとごめんねぇ〜でもさぁ、LINEのブロックだけでも解除してくれない?」と言われ、私は「それは無理です。失礼します」と電話を切ったのだった。

このような私の態度に「それは良くないよ、親は大事にするものだよ」「適当に調子合わせとけばいいじゃん」と言う人が、これまでにも何人か居た。きっと親子関係に満足して暮らしてきた人なのだろう。私も人間として、そっちが好ましいとは思う。だからこれまで苦しんできたのだ。同居祖母からのプチ虐待*1を目の前で見ながら放置した母、母の行動で対外的に恥ずかしい思いをした記憶、宗教・マルチの勧誘を友人関係と勘違いする母、人間として全く私と気が合わず会うと疲れることでおなじみの母。そんな人とも比較的面白い思い出だっていくつかあり、さらには「親だから大切にしなければならないという倫理的呪縛」が私を苦しめてきた。

独居老人である方の祖母は、そんなことなど何も知らずに私と長電話をしている。それで良いと思う。「またお母さんのところへ帰るとき、うちにも寄ってちょうだい」と言われ、うんと答える。祖母は忘れやすいお年頃だから、前にいつ会ったかももう忘れているだろう。それで良いのだ。今度あたたかい時期に、母の地区に寄らず祖母の地区だけ行けば良いだけのこと。父の墓参りだって出来る。

夫はよく「お母さんをそんなにぞんざいに扱って……お父さんが生きてたら叱られるよ」と言う。もし父が生きていたら、これまで母および同居祖母がやったことを叱り飛ばすところから始めていただきたい。まあ、父が生きているなんてこと、絶対無いけど。その妄想ごっこは、小さい頃散々やってもう飽きた。妄想は何も生み出さないし現実は変わらない。私は今の家族との生活を大切にしたい。

*1:虐待に大きいも小さいもないはずだが「死ぬほどつらい目にあった人に比べれば、まだ幸せだ」とずっと思い込んでいた

年賀状を出す

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早くも今年は家族全員冬休みに入ったため、我が家はドタバタと大掃除を展開している。日頃から主婦である私が綺麗にしておけば良かったのだが、ついつい後回しにしたベランダや手の届かないところの掃除、さらには手の届くところの掃除まで幅広く家族を巻き込んでいる。

今日は年賀状を投函がてら外出した。日本各地での降雪が報道されていたように、私の街も外気が一段と冷えている。銀行のATMに並ぶ人々。年末年始が来たなあ。頭の中で今年も「ユニコーンのあの曲」を流しながらポストを探す。

ここ数日、前回のエントリーの続きを書いていたのだが、途中から「自らの育児論を高らかに語る人」な自分が恥ずかしくなり、下書きで保存したままだ。また家族の仕事や学校が始まってから冷静に書くことにしよう。

近年、年賀状の「終活」をする人が多いという。私も数年前に年配の方から終活年賀状を受け取ったことがある。若い世代は年賀状の習慣自体ない人も多い。我が家は仕事関係と親族・友人に出しているが、ここ数年は惰性なやり取りにならないよう留意するようになった。年賀状のお付き合いが楽しい間柄の人もいるから、そこはちゃんと考慮して。

なんとなく、宛名も手書きにするのがマイルールだ。別に印刷で良いところなのだが、住所変更漏れなどに気付きやすいというメリットがある。当たり前だけど、指が疲れやすいのがデメリット。だが、宛名を書きながら「その人のことを考える時間」がゆっくり取れるというのも趣がある。そこで「あ、この人、夏に会ったわ」と思い出し、その内容を書き添えるのもまた一興。

年賀状もいつかは無くなってしまうのだろうけど、しばらくはこの文化を楽しみたいな。

「歌うように」

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子どもとの暮らしについて、近況報告がてらまとめてみる。

音楽教室の自作曲発表会が終わり、現在はコンクールに向けて準備をしている。初のコンクール、まさかバリバリ勝ち進むだろうなんて思っては居ないけれど、経験を積む良いチャンスだ。目標があると、更にやる気も出る。

先生はいくつかオススメ曲を提示してくださった。「今後も習うことがある定番曲」「日本のお祭りのような雰囲気の曲」「歌心を活かせる曲」の三曲。最初に挙がった定番曲は幼稚園の先生が弾いてくれたことのある曲らしく、子どもも最後まで悩んでいた。最終的に選んだのは最後の「歌心が活かせる曲」。

我が子は割と歌が上手い方だと思うのだが、本人は歌の方面に進むつもりは無いらしい。というのも、お客さんに向かって真正面からまっすぐ歌うのが恥ずかしいから、とのこと。というわけで憧れるのもピアニストやピアノ弾き語りの人なのだそうだ。

先生は事あるごとに「あなた歌上手いんだから、ドレミで歌いながら弾くといいわよ」と我が子に仰る。すると弾くのにも気持ちが入りやすくなるのだろう。そういうわけで子どもの歌心をさらに引っ張り出すため、自宅で練習する際には私も一緒に歌うようにしている。

ピアノの評価や審査について検索すると「ちゃんと『歌えて』いましたね」などと出てくることがある。「ピアノが、歌う?」と素人の私は不思議に思うけれど、先程書いたような「気持ちがこもっている」とか、そういうことだろう。

のだめカンタービレ』と、タイトルにも使われているように、歌うように(=カンタービレ)弾くということを、この曲で意識し続ける必要がありそうだ。

そういうわけで、冬休みはピアノを中心とした過ごし方になる。オンライン英会話は引き続き週に一度行っているが、クリスマスから年末年始は先生もしっかり休暇に入るため一休み。

公民館的なサークルに入り習っているダンスは、レッスン自体は充実しているものの最初と環境が変わり親子ともに負担が大きくなってきた。体を動かす大切さはあるけれど、習い事はピアノに集中したほうがいいかもねと家族で話す。ダンスを習う前は、まさかここまでピアノにのめり込むとは思っていなかったのもある。

世の中には学校の勉強以外の勉強関係、例えばそろばんや公文、塾などを取り入れる人も多い。しかし我が子は現在自宅学習以外何もしていない。これからもしばらくはその予定である。なぜそうなのか、と先日我が子に訊ねられた。その件及び回答は、長くなるので次回以降のエントリーで書きたいと思う。

「ある指導員」終了のとき

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画像はフリー素材です(Canvaを使っていますよ)

「仕事と恋愛は似ている」と、今まで何度も耳にしてきたようなことを書いてみる。

「ある指導員」の職務最終日は突如訪れた。しかし、このブログにも書いていたようにずっと「試用期間での終了」の気配を感じ取っていたため、驚きはしなかった。「交際していた人に突如別れを告げられながらも、以前から二人の関係が上手く行っていなかったことから驚きはしなかった」と同じ状況である。

私の仕事ぶりが悪いとまでは言われなかったが「繁忙期も近づき、あなたの指導に思ったよりも時間がかかりすぎるので、(これだけ指導に時間を必要とする)あなたにこれ以上お仕事をお願いするのは難しいです」とのことだった。採用時に想定したより飲み込みが悪いということなのだろう。

私の隣の席には、同じように上の担当者から指導されている指導員の先輩がいた。「ここ間違ってましたよ〜。こんな風にしなきゃだめじゃ〜ん」「あっすみませ〜ん、忘れてましたぁ」と軽いやり取りをしている。私がついさっきまで担当者から言われていたのと全く同じ内容。でも、やり取りは随分違う。この人も結構時間がかかっているのにな。

不条理を感じながらも、結局見限られたことに変わりはない。予感のしていた私は既に契約時に借りていた書類などを全て持参していた。「そんなこともあろうかと思いまして!」と半分笑いながらその書類を机に置く。これには私の指導担当の人も驚きと笑いの表情を浮かべていた。

「じゃあ最後の給与明細出ましたら郵送します」「はい、お願いします」別れが決まれば爽やかに会話が進む。「せっかく時間をかけていただきましたのに、申し訳ありませんでした」と伝えると、「いや、丁寧にお仕事していただいていたのに……こちらこそ申し訳ありません」と返ってくる。本当にそう思うんだったら引き続き雇用しろよとツッコミたくなる気持ちを胸の中に留めて、礼をする。

フロアの他の人たちに「お先に失礼します」と会釈しながら去る。すると大抵いつもは「はい、またお願いします」と返ってくる。この日も惰性でそう返してくる人たちがいた。いや、もう来ませんけど。中には言いかけたあと気づいて「またお願い……あ、ありがとうございました」と声を掛けてくれる人もいた。あなたは先ほどの私たちの会話を聞いていたのですね、と思いながら小さな会釈を返す。

この仕事が私に向いているか・いないか以前に、この職場には縁が無かったのだろう。仕事も恋愛も、相手に解雇/別れを告げられると「自分ってダメな人間だ」と思いがちだが、決してそんなことはない。そう書くと「こいつ指導員クビになったくせにポジティブすぎるだろ」と嘲笑されそうだが、仮に向いていたとしても、この環境では指導員をやっていけなかっただろうなと思う。

仕事は無くなってしまったが、幸いにも子どもの冬休みや年末年始のドタバタに集中できる環境になった。2月の文学フリマ広島で販売する本のこともゆっくり考えられる。焦らずタイミングをはかろう。そうそう、恋愛だってタイミングが大事だもんね。やっぱり仕事と恋愛は似ている。

冬の気配、ふたたび

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ドラッグストアのレジに並んでいると聴き覚えのあるイントロが耳に入ってきた。懐かしくて、冬の気配がする。去年、子どもと「冬はいつから始まるのか」話したことを思い出す*1。今年の冬もつい先日やってきた。あれだけ暖冬の気配が漂っていたところに気温がグッと下がり、一瞬だけ初雪が降った日に。

やはり雪が降ると否応無しに冬のムードになる。南国ではまた違うのだろうが、私の住む地域はそうだ。ドラッグストアで聴こえてきたのも歌詞に雪が出てくる曲。歌い出しの声で思い出した、槇原敬之の『雪に願いを』。

この一週間、今日に至るまでここに書ききれないほどたくさんの出来事があった。予定通りとはいえ気持ちが焦った、家族の入院・手術・退院。結局仕事を辞めたこと。母と距離を置いていたが数ヶ月ぶりに電話で話すに至ったこと。ついでに疲れ果て風邪も引いた。

仕事辞めたからゆっくり静養できるな、なんて鼻水の詰まった顔でボンヤリ考える。雪がボーっとした頭を冷やし冷静な思考に戻してくれるだろうか。