文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

休息が必要

1〜2年に一度、疲れた頃に発症することで私の中ではお馴染みの胃腸炎にかかった。文学フリマの準備と家族のアレコレと新しい仕事でドタバタしていたからだろうか。

毎日ヤクルト飲んでるんですけどね。かかりつけ医にそう言うと「1本じゃ足りんってことよ」と言われた。何本も飲んだら糖分摂り過ぎではないのか?会計時に事務の人が「先生に聞こえないように気にする身振り」をしながら教えてくれた。「前に先生、腸炎で入院したことあるんだけどね、見舞いに行ったら部屋のゴミ箱にR-1の空き容器が山盛り捨ててあったのよ!医師としてどうなのって話よね」

出社の日はうまい具合に回復できた。帰りにマッサージでも行こうと思ったら、会社員時代から愛用するガチマッサージ屋がまさかの閉店。仕方がないのでよくある女性が好みそうなタイプのマッサージ店へ。予約時間まで暇つぶしに本屋を探索、一冊の雑誌を購入。

今度文学フリマで東京に宿泊するが、去年に引き続き「(自分にとっては)ちょっといいホテル」にした。この雑誌もステイを楽しむタイプのホテルの特集。ゴージャスハイソサエティなホテルだけでなく、面白いホステル系宿泊(谷尻誠さんの手がけたBOOK AND BED TOKYOとかね)も載っているので楽しい。

そして今回買ったのは通常サイズのoz magazineではなく、プチサイズの方。近頃2パターンのサイズ展開をしている雑誌が多いけど、たしかに小さいと持ち運びやすいし保存も楽だ。電子書籍の手軽さには敵わないけど「紙として持っておきたいが大きさが気になる」場合はこのプチサイズ、なかなか便利である。

というわけで本の嗜好(思考?)も休息寄り、マッサージで体もほぐして、あとは腸を完全回復させるばかり。帰り道にR-1を一本買って帰宅。さすがに何本も飲まないけど、試しにね。

CHANEL in Miyajima!?

f:id:left_right:20181105110329p:image

宮島の町家通りを調べたり、それに関する本を文学フリマで販売するということは、それなりに宮島のことが好きで興味がある。SNSも当然それを察知し広告を打ってくるわけで。先日SNSで「CHANEL MATSURI IN MIYAJIMA」という広告を見かけ「は?あの世界遺産で観光客ごった返しの『秋の安芸の宮島』にシャネル!?」と衝撃を受けた私は、その祭りとやらを確認するために宮島へ渡ることにした。

f:id:left_right:20181105110955j:image
久しぶりの宮島。フェリーの室内からチラチラと大鳥居を確認。観光客が室外に出て撮影に励んでいる。JR宮島口から宮島へは10分程度の乗船。あっという間に到着。

乗船時、宮島から宮島口へと向かってきた人々、特に女性はかなりの確率でCHANELの紙袋を持っている。MATSURIの会場である「広島経済大学の所有建物」は厳島神社への参拝ルートの途中にある。見過ごす人などほとんど居ないだろう。

f:id:left_right:20181105110948j:image f:id:left_right:20181105111006j:image
というわけであっという間に到着。いつもはガランとした建物が、ちょうちんや暖簾で飾られている。人力車まであるし!

このイベントは東京や京都でも開催されてきたようだ。そして何故か宮島でも。日本の伝統的な祭りをイメージしやすいからだろうか?

さらに付け足すならば、シャネルの赤はカープの赤でもある。きっと日本シリーズで赤いネイルやリップを施した女性も多いだろう。野球好きのこじつけや希望的観測と思われても仕方がないところだが、本当にそうなのだ。観戦でカープネイルにする女性は周囲にも多い。ライブでミュージシャンのイメージやイニシャルを入れたネイルにする女性と同じような感覚なのだろう。ま、日本シリーズは残念な結果に終わったわけだが……。

催しの内容は商品のタッチアップを中心に、祭りらしいボールすくいや千本くじ、おみくじなども。千本くじはLINEの友達登録をしたら参加可能という最近よくあるビジネススタイル。

f:id:left_right:20181105111026j:image
おみくじはナンバーの書かれた箱から直感で選ぶ。我が子が56の箱を開けたので、私はその隣を。写真の左が我が子の、右が私の引いたものだ。なんとなくそれっぽい内容だったから面白い。我が子のものは子どもらしさがあるし、これからの支えになりそうな言葉だ。そして私は「人と違うばかりの人生だがそれもまた良し」と思ってここまで来た。これからもだね、と話しかけられたような気持ち。

最後にCHANELの紙袋に入ったリップ関係の試供品を貰った。写真で子どもが手にしている、赤いカードのような飾りが可愛らしい。クリスマス・オーナメントにちょうど良さそうだけど、和風クリスマスになってしまうだろうか。

f:id:left_right:20181105111013j:image
その後厳島神社を参拝。今年は家族の手術も控えているので健康面の祈願を。いつも以上に念入りにお参りし、お守りも購入。
f:id:left_right:20181105111019j:image
帰りは我が子お楽しみの表参道商店街ブラブラである。その一本裏に町家通りがあるのだが、我が子曰く「もう充分見た」とのことで、ベッタベタに観光向けの商店街を歩く。

スターバックスが出来ているとは聞いていたが、本当にあった。写真は商店街側ではなく海側から撮影した様子。ここでも京都などの店と同様、景観に配慮している。松が写り込んで何だかいい感じ。店内2階からの眺めも非常によく、ソファの座り心地が通常のスターバックスらしくないフカフカ加減で好印象。観光地に行ってまでスタバ!?と思ったが、それはそれでアリだなと思う。

スタバの隣の「MIYAJIMA BREWERY」はその名の通りビールなど売っており、ほぼ共有の中庭でゆったりビールを飲んでいる人が居た。お酒が飲める大人はビール・飲めない人はスタバ、という選択肢もありかもしれない。

ブックコンシェルジュ母さん

f:id:left_right:20181101084920p:image

今回の通勤ルートは図書館に寄りやすく、先日の帰宅前にも吸い寄せられるようにフラリと入館。その際、なんとなく目線を送った先に子ども向けのオススメコーナーがあった。そこで一際目立っていた本、これは我が子が好みそうだと借りることにした。もし気に入らなかったとしても、それはそれでよし。私が読んだっていい。

学校から帰宅した子どもに「これ借りてきたよ」と手渡すと、想像以上のリアクション。「これだよ、こういう本をずっと読みたいと思ってたんだよ……!」と、本を手に踊りはじめる。

楽しいオーケストラ図鑑

楽しいオーケストラ図鑑

 

オーケストラの基本的な情報から知られざる秘密、登場する楽器の詳細な解説、コンサート開催の準備や流れなどが描かれる、まさに音楽の「図鑑」というべきこの本。植物や昆虫などの自然モノの図鑑はおなじみだけれど、最近は新幹線の図鑑などユニークなものが増えてきた。音楽好きな子はもちろん、そうでない子もオーケストラ図鑑を通して音楽やオーケストラが身近になるだろう。

我が子はおやつも放置し(本当は食べながら読みたかったようだが、我が家では「借りた本を読むときは周囲に飲食物を置かない」ルールがある)ひと通り読むと「これ『来月の本』で買いたい」と言った。子どもとは「毎月一冊好きな本買っていいよ」と約束しているので、11月の本としてオーケストラ図鑑を購入したいと言っているのである。

早速本を取り寄せ購入し、現在我が家には二冊の『楽しいオーケストラ図鑑』が存在している。「またこの本返すとき、ママのおすすめ借りてきてよ」と言う子ども。普段から「この本よかったよ」などと子どもと話しているものの、最近は図書館でも学校でも自分の好きなように借りることが出来るから、私が「はいコレどうぞ」と本を渡す機会がなくなっていた。そこで不意打ちに本が手渡されるというサプライズも面白かったようだ。

というわけで、仕事に出かける日は図書館に行くというのが定番になりそうである。

 

 

おまけ。
昨日、やっとこさ11月25日の文学フリマ東京で出す新刊を書き終えましたーーー!
もう少しチェックして、印刷することにします。
今回は本文34ページですが、サイズもA5でカラーページが多いため価格は500円です。
既刊もありますので、ぜひ。スペースはカ−24です。
また書影や試し読みなどをガンガン載せた告知エントリーを書きますね。

それから、この記事の最初↑にあんな画像を貼り付けてみました。
ちょっと時間かかるけど、こういうの楽しいですね。
毎回できるかわからないけど、やりたいときにやってみます。

森下典子さんの本

先般亡くなられた樹木希林さん出演の映画『日日是好日』の宣伝を見かけることが増えた。そこで「原作・森下典子」の名を発見し、ハッと息を飲む。

忘れもしないその名前、私が通信制大学時代にヨーロッパの芸術史を学ぶ上で参考にし衝撃を受けた本『前世への冒険』の著者・森下典子さんではないか。

前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って (知恵の森文庫)

前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って (知恵の森文庫)

 

あれは何とも不思議な話であった。森下典子さんが占い師のような人物に前世を見てもらい、告げられた前世について深く知るために調査を始めるという物語。しまいには海外へと調査の旅に繰り出すのだ。

前世だのと聞いて信じる気持ちはあまり起こらないし、どちらかといえば敬遠する。森下さん自身も深く信じては居ない様子。しかし調査をするに従って、占い師のような人物が「見た」ことと、事実の共通点が判明していく。しかもそれはただ文献を調べる程度では分からないことなのだ。つまり、その前世を見る力は本物ってこと……?

私が読んだのはKindle版で、先程Amazonのリンクを貼った2006年光文社発行の『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って(知恵の森文庫)』であったが、元は別のタイトルだった。一度ではなく複数回改題され現在に至っている。以前、図書館でタイトルが『デジデリオ』のバージョンを読んだのだが、占い師のような人物の名前もKindle版と違っており、改題の際に「占い師の身元がバレないように」と配慮されたのだろうと想像した。

実際のところ、その前世や前世を見る力が本当なのかはどうでも良い(科学的に実証するのも難しいだろうし)。単純にその前世とされる「デジデリオ」という人物を調べようとする姿勢や調査の過程が非常に面白い。ヨーロッパ芸術史を知りたい人にもオススメだ。

教える、を忘れないように

「とある指導員」というだけあって、新しい仕事は「誰かに何かを教える」仕事だ。いくつか実践し、「指導員を指導する人」に改善点など教わっている。

今回私は「ほとんど方向性はOK、だけどちょっと言い方がキツいかも。この箇所がダメだとか、こうすべきだとか、まるで講評のようになっている。指導なので相手に考えるヒントを与えてあげてほしい」と言われた。

確かに私は「これは不正解だ、ふさわしくない」などと、そのものズバリの言い方をしてしまっていた。ある意味、大学時代にレポートの講評を読んでいたイメージが抜けていないのかもしれない。しかし、私は指導をしているのだから、相手に「ここは間違っているからこう考えると答えに行き着くかもよ」と、希望を与える誘導をせねばならない。

また、答えを提示してしまうのも「教える」ことにはならない。それではただの答え合わせで、指導員が居なくても出来ること。先程書いたように、ヒントを与える必要があるのだ。そして本人自身にそれを考えさせなければ意味がない。

それは育児にも似ていることだ。小学生の母親ですよというツラを下げて日々過ごしているが、「子ども自身に考えさせる」という状況を常に作っているかと言われたら……やはり時折忙しさに負けて「はい違います、答えはコレ。早くして」などと言ってしまうこともある。

教えるということに大人も子どもも無いのだ。さらに言うならば、教育においても相手の立場や心境を考えるということは大切なのだ。「こんなとき相手にどんなことを言えば相手がどういう風に感じるか」意識することが物事をスムーズに動かす。

時に人は想像することを忘れてしまうから、いろんな意思疎通の不具合が起こる。さらには諍いにも発展することだってある。想像することで私たちはそれを回避できる。教えることにおいてもそれを忘れないようにしよう、教えるという行為の目的を、忘れないようにしよう。

さなぎ

出勤日が少ないとはいえ新しい仕事に取り組むとなると頭を使う。家で書類に向き合っていると手も目も使う。つい無理な姿勢をして肩こりが悪化した。しまい込んでいたマッサージ器を慌てて引っ張り出す。それでも子どもが帰る時間に家に居られるのはありがたいし、仕事は面白い。金曜の夜は疲れていつのまにか眠ってしまった。

土曜の朝、子どもと夫に起こされる。ごめんごめん、もうこんなに遅くなってしまったわ。慌てて朝食を用意する私に夫は言う。「昨日はまるで倒れこむように寝ていたよ。あまりにも動かないので呼吸を確認したほどだよ」「そうそう、ママいまも床で倒れこむみたいに寝てたんだよ」と子どもも同調。どうやら朝、一度子どもに呼ばれてキッチンに行ったようだ。そういえば子どもに冷蔵庫から飲み物を出してやったような気がする。その床で私は寝こけ、二人に促されて布団に戻ったのであった。布団に入る姿は「まるで『さなぎ』みたいだったねえ」と彼らに笑われる。

土曜をのんびり過ごすと体の疲れも回復してきた。さなぎになった効果あり。少しずつ虫になって一丁前に羽ばたきたいものだ。

聖地巡礼の喜び

これまでに何度か我が子から「ママは小学生の頃にどんな本を読んでいたの」と聞かれてきた。

子どもが生まれてから月齢ごとに本人に合いそうな本を買ってきているが、不思議と自分の幼い頃に読んでいた・見かけた本が現役で販売されていることが多い。書店の店頭で「あ!これママも読んでたよ、懐かしい!」と私が喜んでいるのに我が子もしばしば遭遇しているから、そのような質問になったのだろう。

学校では「怖い話」も流行っていると聞いた。確かに最近「ゲゲゲの鬼太郎」が何度目かのアニメ化で地上波放送されて人気だという。「怖い話といえば『怪談』だね」と私が言うと、子どもは何なにソレ?と身を乗り出した。

私が小学校二年生の頃だっただろうか。夏休みの推薦図書の中に小泉八雲の『怪談』が入っていた。小泉八雲が日本に住んでいた外国の人とテレビで知り興味を持っていたし、さらに『怪談』のなかの一編『耳なし芳一』は学研が発行していた『◯年の学習』で漫画化もされており親しみがあったのだ。

あの『耳なし芳一』のオチは非常に好みで、今思えば落語的でもあるなと思う。娯楽要素はないから落語には向かないかもしれないけれど、きっと稲川淳二はわかってくれる。他の「あなたの知らない恐ろしい話」だとか「ホラー大全集!」みたいなものには全く興味が湧かなかったが、単純な怖さではなく情緒的でしっとりとした怖さのある『怪談』は大好きだった。派生して図書室で小泉八雲の資料を探すなど楽しみも増えた。

それから数年後、同じ小学校時代に私は島根県松江市に行くチャンスを得た。その頃ちょうど松江で菓子博のようなイベントをやっていたのだ。親戚宅に泊まらせてもらい、「さあ翌日はどこへ行きたい?」と大人たちに聞かれた。松江って何があるんだろう。松江城?他には何があるの?そこでふと思い出した。「あの……小泉八雲記念館は遠いですか?」

そう、あの『怪談』の作者・小泉八雲の記念館は松江市にあったのだ。しかもそこには、かつて図書室で調べた小泉八雲の資料に載っていたのと同じ「小泉八雲の使っていた机と椅子」が展示されているという。大人たちは「えっ、遊びじゃなくて記念館なの?」と拍子抜けしつつも喜んで連れて行ってくれた。数々の資料をうっとりと眺め、ついにあの机と対面する。あの『怪談』が書かれたのがこの机なのか、あの資料に載っていたのと全く同じ!私は資料館での喜びの気持ちを未だ忘れることはない。

子どもにその机を見たときの気持ちを説明する。「あなた達で言ったら、そうね、『ゾロリ』の原ゆたか先生の机を見たらこんな気持ちになると思う。ハリー・ポッターの作者とか」すると子どもは「えー!それはすごいね」と感嘆の声をあげるのだった。

先日(Twitterでは誰のライブか書いたけれど)あるミュージシャンのライブを見るためにJRに乗る機会があった。会場最寄駅に行く前に、いったん西広島という駅で下車した我々。そこで我が子も同じような事態に遭遇する。周囲は今の小学生にも大人気『ズッコケ三人組』シリーズの舞台・花山町のモデルとなった町であり、当然西広島駅花山駅のモデルとなっている。改札を出たところにはズッコケ三人組の石碑。我が子は存分に驚き、喜んだ。「ほら、この駅のあのベンチのあたりでモーちゃんが荷物をすり替えられたんだよ*1」と説明する。そんな私もまた、小学生時代にズッコケを愛した者の一人なのだ。

*1:『こちらズッコケ探偵事務所』冒頭のシーン。ポプラ社の試し読みはこちら→

https://www.poplar.co.jp/zukkoke/tachiyomi/8/HTML5/pc.html#/page/8。JRじゃなくて国鉄w