文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

会うは別れの始め

2018年から我が家は日めくりカレンダーを導入した。トイレに貼ると教育に良いと聞いたからだ。お遊び系ではなく、ベーシックで昔ながらのあの日めくり。今見るとレトロで逆に新しいから不思議。

今回購入した日めくりカレンダーには金田一秀穂先生監修のことわざも毎日一文ずつ掲載されている。これが意外に役立つ。世の中にはこんなに知らないことわざ・言い回しがあったんだなあと気づかされる。

1月20日の言葉は「会うは別れの始め」であった。たしかに世の中というものは、会うことは即ち別れの始まりである。当たり前のことと言えばそうなのだけど、それをことわざとして聞かされると「なるほどそのとおりだよね」と腑に落ちる。法事でいかにもな法話を聞いてしみじみする老人のようだけど。

自分の過去現在未来の「会う」と「別れ」について、ふと考える。トイレで日めくりカレンダーを眺めるその一瞬に。「下半身の服を脱いだ状態で便座に座って真面目なこと考える自分」に笑ける気持ちもありながら。滑稽なようでいて、これが人生だよなと思う。

「あなたの郷里の子」

ヘアドネーション以来、新年初の美容院に行ってきた。「あれ、おくれましたか?」と美容師さんに訊かれ「ん?遅れ?」と思ったら、ヘアドネーションの髪を発送できましたか?という意味だった。そうそう、ちゃんと受領書が先方から送られてきたんですよという話をする(私の送付した団体は、希望者には受領書が送られる仕組みになっていた)。

自分の田舎に比べたらこの街は都会だけれど、結構狭い。独身時代に利用していた近所の美容院は偶然にも同じ中学の二学年先輩が担当だった。出身地の話になり「いや、ものすごく田舎なんでご存じないと思いますけど」と言いながら話したら同じ中学だったという。美容院に行くたびに共通の知人の話で盛り上がった。

現在通う美容院、つまり今の自宅付近ではそんな出会いはないだろうと思っていたのだが、年末年始の話をしているうちに担当さんのおばあちゃん宅が田舎宅の近隣にあることが判明した。さらに担当さんは大慌てで丁稚の男の子を呼ぶ(私は心の中で、アシスタントの人を丁稚と呼んでいる)。丁稚くんは私と同じ町の出身だった。

彼は「名字を言っていただければ、(私の素性が)絶対にわかります」と自信たっぷりに言った。「いやー、世代も違うし、私は親戚の家に住んでたから知らないと思うよ?」と言いながら旧姓を伝えた。丁稚くんは思い当たらないといった表情をしている。「親戚の家は○○って言うんだけど」と親族の名字を告げると、顔がパッと明るくなった。「△△ちゃんとはスイミングスクールが一緒で!」なんと、現在大学生である私のイトコを知っていた。丁稚くんの面目躍如。そしてまたしても同じ田舎の人に出会ってしまったことに驚愕するのであった。

そんな丁稚くんに担当してもらうシャンプーとヘッドスパはいつも以上に充実したものを感じた。技術は一緒だろうに、同郷と思うと不思議と「がんばれよ」とか「こうやって丁稚からスタイリストに成長していくんだな」などと参観日のような気分だ。先日「白いばら」の記事を読んだけれど、あのキャバレーの「あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」の気分に近いかもしれない。でも私はわざわざ同郷の子を指名したりはしないし、ただシャンプーされたり髪の毛を乾かしてもらうだけなのだけど。

↑この記事の筆者があの「折原みと先生」であることにも注目。あの、私の小学生時代に講談社X文庫 ティーンズハートで絶大なる人気を誇った折原みと先生!お久しぶりっす!

図書館の更新と災害の記憶

図書館から、予約した本の準備ができた旨連絡が入った。図書館のマイページを見ていると「次回更新してください」といった内容が表示されている。どうやら私は今月更新月に当たるようだ。誕生日も関係しているとは思うが、前回更新したのは通信制大学に編入したときだった。あれから3年が経つのか。更新はカウンターに免許証を提示するだけ。「お手数ですが次回は2021年によろしくお願いします」と言われた。2021年、私はどんな生活を送っているだろう。

 

1月17日の震災の朝、私はインフルエンザで眠っていた。震源地からはるか遠く離れた我が田舎町もあの朝は揺れたらしい。寝床に生姜湯を持ってきてくれた親族がそれを教えてくれた。

回復し翌朝登校した私は一目散に教室のストーブに向かった。田舎の人々は早く来たものから順にストーブの前に集まる習性がある。数名揃ったところで自然と地震の話になった。

ふだんあまり話したことのない女の子が「私、物資提供とか募金とか、しようと思う」と言ったのをよく覚えている。そういう募金とか、どこを通したらいいんだろうね、という話もした。災害はどこにでも起こるということを初めてハッキリ認識したのがこの地震だった。その女の子は別の高校に進学しそれきりだが、あの日の彼女の決意したような表情は忘れることはない。

 

未来のことなど誰にもわからないが、やれることをやるしかないのだ、そんな当たり前のことを考える。みんなそうやって生きているのだろう。そんななか、胸を通り過ぎる気持ちを綴る場所があるのは大切なことだ。教えてもらったこのリンク先を眺めながらひとりひとりの人生を思う。

震災の前日|震災20年ブログ|神戸新聞

 

関連して、これも気になっている。

煩悩ウォーク

煩悩ウォーク

 

その街の岡宗秀吾 - てれびのスキマ

その悲惨を乗り越えるには笑うこと、笑える力ってメッチャ大事やぞ!と。それまで嫌ってた人とかまったく知らん人と笑いを共有するってすごいパワーになるんですよ。最後に勝つのは笑いとユーモアやぞ!ってね、そういうことをね、あの震災に関しては誰かそろそろちゃんと言わなあかんぞと思うんですよ。

 

挫折もきちんと記録する

放送大学から次の単位認定試験の連絡が来た。しかし私は今回(2017年度2学期)通信添削課題を出さなかったので、届いた書類には「受けられる単位認定試験は無い」旨記載されていた。そう、私は今回通信添削課題を出さなかったのだ!

11月23日に文学フリマ東京を終え、通信添削課題のWEB提出は数日に迫っていた。そこで急遽12月に「挑戦」する課題が出来てしまい、それに没頭しているあまりに締切のことをすっかり忘れていたのである。課題の点数が低くても出すだけ出しておけば単位認定試験をうけることが出来たというのに。しかも成績は単位認定試験の点数しか反映されないというのに。

これまでは「なんとしても最短で通信制大学を卒業しなきゃ」「放送大学で取れる学芸員関係の科目はすべて取らなくちゃ」と目標に向かう姿勢がやる気を生んでいたけれど、「もう卒業しなくていい。やりたい勉強だけやれば良い」となった途端に優先順位が下に行ってしまった。非常に判りやすい挫折だ。恥ずかしいけれど、これも私なのでしっかりとここに書いておく。

とはいえ、来期(2018年度1学期)もこの科目に再トライする権利は残っているので、素直にそれに取り組もうと思う。試験日は夏休みなので子どもの預け先が気になるところだが、民間の学童的なところに申し込めば何とかなるだろう。

それとは別に過去買ったエクササイズDVDを引っ張り出してみたり、これまた過去買って何度も中断した英語教材を読んでみたりと、挫折に向き合う日々でもある。新しいものに取り組むのもいいけど、結局自分の興味なんてある程度ジャンルの狭まったところをぐるぐるしているだけのこと。定期的に来る「運動したい」「英語学び直したい」の波への対応は、過去の私に聞くのがいちばんだと悟る。

雪山で食べるインスタント袋麺

日本海側が雪に埋もれている。私の住む街は埋もれていないけれど、いつもより床が冷え、体も冷える。まだ小学生になる前、初めてスキー場に行った日のことを思い出す。

幼い私を連れて行ってくれたのは親族とその仲間たち。つまり文学フリマで売ったあの本にも書いた、あの国の山岳地帯に共に行った人々。大人たちは雪山登山のように大きなリュックを背負っていた。スキーなのに。

スキー場のロッカーに荷物を預けるわけでもなくリフトに乗る。しばらくは普通にスキーをした。リュックは背負っていたような、そこらに置いていたような、あまり記憶がない。

昼食の時間になった。今度ははっきり覚えている。スキー客の出入りしない、ほぼ山頂の平らな場所へ移動した我々。大人たちは大きなリュックから簡易コンロや調理道具を取り出した。ここでインスタントラーメンを作るというのだ。水筒の水を鍋に入れて沸かす。袋麺の包装を破く。

手渡されたラーメンの椀。いまにも凍えそうな自分の頬が湯気でじんわりと溶けた気がした。究極に寒い中で食べるインスタントラーメンのうまさ。きっと雪山登山や冬キャンプ経験者の皆様なら同意してくださるだろう。

しかし我々はスキー場にいた。すぐに職員の人に見つかり「だめですよ!火は使わないで!いくら雪でも危ないから!」と言われてしまった。そっか、こういうのはだめなんだ。大人たちがしょんぼりしながら片付けるのを見ながら、私はひとつ社会常識を知った。

以後大人たちはちゃんと併設のレストランを利用するようになったのであしからず。大人たちは本当に知らなかったようだ。もしかしたら他の雪山は可能だったのだろうか。

そんなことを思い出したから、今日の昼御飯はインスタント袋麺にした。正月、「おせちに飽きた場合」を想定して買っていたのが丁度ある。家族が出かけてより寒さが際立つ部屋で、インスタントラーメンが体にしみる。来シーズンは我が子にスキーを教えたい。社会常識もね。

秋の文学フリマ東京/滋賀県長浜市菅浦の話

文学フリマ東京、早くも次々回の開催が11月25日(日曜)に決まったというメールが届いた。ということは、11月23日(金・祝)→24日(土)→25日(日)という2泊3日の東京滞在も可能ではないか。夫の仕事の都合もあるし、2018年度の子どもの行事予定次第だが、おそらく25日の出店は出来る。とはいえ翌日は平日で学校も通常モード。前回の出店時間・2時間15分よりは長く居られるけれど、キッチリ17時までは出店出来ないかもしれない。だが、次はゆっくり滞在し昼には出張販売されている名物カレーを食べてみたいなあと思う。

(私は自分の参加できる秋開催のことばかり考えているけれど、次回の文学フリマ東京は5月6日であることも念のため記載しておきます)

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昨日SNSで学友さんに「滋賀県長浜市菅浦」のことを教えてもらった。すぐさまWEB検索したけど、なんと濃厚で特殊な場所だろう。私の田舎も結構な限界地域だけれど、あそこまで閉鎖的ではない。あの土地は月ノ浦惣庄公事置書 (文春文庫)という小説のモチーフになっていると、これまた我々の先生に教えていただいたので早速図書館で貸出待ち・予約中。既に誰か今これを借りているなんて、なかなか(知的興味的に)人気の場所なのだな。実際に行くには勇気と念入りな下調べが必要そうだ。

※追記1/13 長浜と長岡を間違えて記載していました!大変失礼いたしました。

細かすぎて載せられないスポット選手権 : 菅浦集落 - livedoor Blog(ブログ)

 ”「四足門」という門があり、門から中は独自の法体制が布かれていた”
”当時の大和朝廷の力が及ばない独立国だった” (本文より)

菅浦の湖岸集落 - Wikipedia

琵琶湖畔にひっそり佇む近江の隠れ里「菅浦の湖岸集落」を歩く | 滋賀県 | トラベルjp<たびねす>

月ノ浦惣庄公事置書 (文春文庫)
 

系譜:元ネタを知らぬが文化は続く

子どもが家でぬいぐるみをヒーローにして遊んでいた。そのヒーローは電話ボックスで変身するとのこと。あら、あなたヒーローが電話ボックスで変身するのを知ってるの?すると子どもは「だって『おじゃる丸』のコーヒー仮面と日本茶仮面は電話ボックスで着替えるから」と答えるのだった。

最近のアニメは親も楽しめるように出来ている。NHKの『おじゃる丸』は特にその要素が強いアニメのひとつだ。子どもたちはこのストーリーをオリジナルだと思っているけれど、本当は違うんだぜ。ママが君くらいの頃に『Dr.スランプ アラレちゃん』というアニメが……

私はここで気づいてしまった。それすらもオリジナルではないということを。スッパマンはそもそもスーパーマンから来ているではないか。私ですらオリジナルに触れていなかった(『スーパーマン』を観たことがない)。

文化とはそういうものかもしれない。ちょうどそんなことを考えていたところだった。通信制大学時代、近現代芸術についての科目を履修したときのこと。テキストや授業ではYMOなどの現代の音楽についても触れられており、レポート課題でもそれを取り上げてみたいなと思ったこともあった。

しかしYMOについてどんなふうに突き詰めていけばよいかボンヤリとしており、結果的に手を出さなかった。他に検討したのはソウルやジャズといった方面。これはちょうどソウル関係のラジオを聴き始めた頃で、そのラジオに出演している人が翻訳した本を図書館で取り寄せてみた。しかしあまりにも分厚く、専門性が高すぎて途中で断念したのだった。

いまになって考えてみれば、例えばYMOの細野さんの音楽はテクノだけではない。ニューオーリンズ方面も充分に関連している(これは詳しい人にも最近同意された)。そのあたりを攻めればレポートの題材として充分に成立したのに!

いま私たちが触れる機会の多い現代の新曲たちも、元を辿れば面白いものに行き当たるはずだ。私はもうほとんど最近のヒットチューンはわからない人間になってしまったのだけど。でも好みの曲を探る気持ちは今も残っている(だからYouTubeでいろいろ巡ってしまうのね)。文化という連鎖、系譜の面白さ、これからも味わっていきたいなあ。