文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

緊張のコスメカウンター

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前回のブログを書いてから、化粧下地と色付きリップを買うために百貨店化粧品フロアにあるシャネルのカウンターを訪れた。私は見た目も中身も比較的地味な主婦。普段はドラッグストアのプチプライス・コスメばかりを愛用している。しかし以前もらった化粧下地サンプルがあまりにも優秀で、それ以来下地だけは何度離れても度々シャネルのその商品に帰ってくる。

私の場合、化粧品カウンターに行くには気合が必要だ。ただ商品をレジに持っていくスーパーやドラッグストアと違い、圧倒的に美しき販売員さんと向き合い美容の話をしなければならない。「私ごときがこの"おシャネルさま"のカウンターに来まして申し訳ございません」という気分の方が強いのだ。

さらに、欲しいものだけでなくアレコレとオススメされたりサンプルをいただいたり。それらを全部断って商品だけサッと買う人もいるのだろうが、それは粋ではない気もする。だったらオンラインストアで買えばいいのだから。実際私も忙しい時は何度かオンラインストアで購入した。

加えて今回、下地だけではなく初めて色付きリップを買おうとしていたので、ネットではなく現品を見て買う必要があった。色やつけ心地が合わないと買うことができない。私は口紅の類があまり好きではないのだが、シャネルに色付きリップが存在すると知り試してみたくなったのだ。

当初の緊張をよそに、私のシャネルカウンター滞在は有意義なものとなった。販売員のお姉さんは丁寧に説明してくださり気に入った色が見つかった。ついでにお化粧のお直しもしてもらうと、仕上げに化粧水スプレーのようなものを顔にひと吹き。顔に爽やかな風が吹いたよう。肌も潤い化粧も定着する。ドラッグストアでおなじみのアベンヌウォーターの高級版といった感じで、缶の形状もよく似ている。お値段は8000円、さすがのシャネル価格だ(ちなみにアベンヌウォーターは小さいサイズで5〜600円くらい)。

別に言い訳する必要はないのだが何となく、これを買わない理由を頭の中で探す。「缶だと飛行機の持ち込みは難しいかなぁ…」と呟くと、お姉さんはハッとした顔をし机の引き出しをあける。「飛行機に持ち込めるこんな商品もあります」と取り出したのは別のスプレー。缶ではなくプラスチック容器。さらに私の顔に吹きかけてくださる。こっちの香りの方が好きだししっとり加減も良い。喜んでいると「実はこの商品、3万円でして」と言われ椅子からひっくり返りそうになってしまった。でも替えの瓶が三本付いて3万円なので、コストパフォーマンスを考えると先ほどの缶と大差ないという。しかし、3万円。ご褒美にしてはなかなか勇気のいるお値段。

私の「飛行機」というワードから旅好きであることに気づいてくれたのか、仕上げにお姉さんは香水もすすめてくれた。パリ リヴィエラという名の限定香水。シャネルにはこのような旅にまつわる香水のシリーズがあるそうで、その新作らしい。ムエット(試香紙)にひと吹きした香りの華やかさと爽やかさ、たまらない。一気に夏旅のワクワクした気持ちが湧き上がる。

結局私は予定通り下地と色付きリップだけ購入したのだが、それ以上に受け取るものの多い滞在となった。帰り道も足取りが軽い。エステに一回行ったくらいのリフレッシュが出来た気持ちだ。サンプルでもらった目元美容液のクオリティも半端なく良かった。ああやって化粧品カウンターのお姉さんたちは顧客の心を掴みリピーターを増やしているのだな。

旅にまつわる本を作っている身としても、得るものが大きかった。旅に関する香水を調べるといくつか存在していた。前回のブログにも書いたように、私自身旅先での香りのエピソードは他にもある。いつか旅と香りにまつわる本を作ってみたいという欲求も生まれた。もちろんいま細々と進行中のゴミ処理場の本を作ってから!

香りの記憶

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新婚旅行で訪れた外国のホテルは、ロビーにスパイシーかつ甘い香りが漂っていた。日本にもいくつかそんなホテルがあるが、その界隈のホテルのロビーは大抵ディフューザーのようなもので香りを噴射していた。しかもホテルごとに香りが微妙に違い、それがまた各ホテルを訪れる楽しみの一つとなっていた。一番最初に嗅いだからかもしれないか、私は自分の泊まったホテルの香りが一番好きだ。あの香りと同じ香水はないかと免税店で探したり訊ねたりしたのだが、ぴったり同じものは無い。仕方がなくミスディオールの香水を買って帰った。

ホテルのアメニティ類を少し持ち帰ったのだけど、それらの香りがロビーの香りに近い。香りも統一するようにしているのだろうか。時折それらの香りを嗅いで懐かしく思い返していた。香りは追憶の感情を引き起こすというが、私はそんな格好つけたことを言うに値しない。石鹸に鼻を近づけて「これホント良い匂いだよねぇ」とスーハーするのみ。帰国後泊まったホテルに問い合わせのメールを入れていたのだが、私の英語の拙さが原因か返事が来ることはなかった。ウェブで検索しても「この辺りのホテルはロビーの香りがいいですね」という口コミ程度である。

あれから随分と年月が経った。先日我が子とヘアミストを買いに行こうという話になった。夏場は汗をかくうえ授業でプールに入る子どもは頭の香りがすごいことになっている。私の頭も汗と加齢ですごいことになっている。二人で頭を嗅ぎ合い「臭い!」と叫ぶ怪しい親子は、ドラッグストアで最新のヘアミストを買った。これがなかなか良い。汗の匂いを消し去りつつ程よく香り、長時間持続する。良かった良かったと胸を撫で下ろした。

しかしヘアミストは若干若者向けの香りであった。どうせなら私は大人向けを買おう。買ったヘアミストを子ども専用とし、私専用のミストを探す。できれば全身に使えるのが良いなと調べていくうちに、THANNのフレグランスミストに行き当たった。顔以外の体全体に使えるうえ、ファブリック類に使うことも可能。問題は香りだが、果たして自分に合うものだろうか。そこでふと気づいた。私、THANN持ってるぞ。以前東京に宿泊した時、外資系某ホテルのアメニティがTHANNだったんだ!

私は洗面台の下にあるアメニティ保管ボックス*1から、ボディローションを発見し開封する。おお、鼻腔をくすぐる刺激的な香り。アロマティックウッドと書かれている通り、ウッディな雰囲気。でもって少し甘くて、オリエンタル系のスパに来ている気分。ああ、懐かしいなあ。

自分の腕に塗りながら、これはもしや新婚旅行のホテルの香りにかなり近いのではないかと考え始めていた。本物はもっと濃い香りだし、きっと一緒に行った夫にも「全然違う香りだよ」と言われてしまいそうだ。だけどこれまでの「香水」然としたものたちよりも、このようなアジアンテイストなものの方が圧倒的に記憶の香りに近い。よく考えれば新婚旅行で泊まったホテルもアジア圏、THANNもまたタイのコスメブランドなのであった。ああ、もっと早く気付けば良かった。私はボディローションを塗った自分の腕をスハスハ嗅ぐ怪しい人間と化してしまった。

かつてTHANNのショップが我が街にもあったけれど、その時は特に訪れようという気にはならなかった。以前プレゼントで頂戴したTHANNのアイテムの香りがあまり気に入らなかったというのもある。検索し、実際のTHANNの商品はホテルのアメニティよりも香りが薄いという情報もキャッチした。むしろ周囲に香害を与えず好都合と考え、早速ウェブで注文した次第だ。早く届かないかな、それまではボディローションを嗅ぐ日々になりそうである。

*1:最近厳選し整頓したので長期間置いているものや使いそうにないものは捨てたのだった。THANNを捨てずに保管しておいて良かった…

魔物の出現と退散

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ずっと書きそびれていた子どものピアノコンクールの話。次なるコンクールは惨敗であった。せっかく勝ち進んだけれどそのチャンスをものに出来なかった。練習如何の問題ではなく、手がピタリと止まってしまったのだ。

その瞬間「あれ、この曲どんな曲だっけ、どこまで弾いたんだっけ」と頭の中が真っ白になった様子を後に本人が語っていた。私もそれを客席で見ながら、心臓が止まる思いだった。

何とか続きを弾き始めるが、同じことをトータル3回やってしまった。いつもだったらこんなことは絶対にない。せいぜい間違えて隣の音を弾くとかその程度。これが甲子園に棲む魔物なのか。ピアノの舞台にも甲子園と同じ魔物が。舞台では何が起こるか誰にも分からない。

それでも我が子は弾き終えた。前日のレッスンで完璧にならなかったところが全て出来ていた。ああ、あのストップさえなかったら。悔やまれるがそれもまた人生だ。元々実力以上の舞台に立てているのだから、分相応な終わり方とも言えるのだ。

弾き終えた本人が数番後に客席に帰ってきた。まだみんなの本番は続くから、何も話さず抱きしめるしかできない。が、それで良かった。本人はズドンと落ち込む音が聞こえてきそうな顔をしていた。

あれから数ヶ月経ち、我々は再び同じ会場に出かけた。音楽教室の社員さんがプライベートで舞台に立たれるからであった。当たり前といえば当たり前だが、音楽教室で働く人はやはり音楽をやる人たちばかりなのだった。

最寄駅から会場へと向かう道で子どもが「ここ前も通ったね、あー、やだやだ」と呟く。ホールのソファに自動販売機、数ヶ月前と変わらない。しかし別の演奏を聴くことで良い思い出に変わってほしいなという期待があった。

私の目論見通り社員さんの演奏は素晴らしいもので、我が子は身を乗り出し聴き入っていた。知っている人が演奏しているから、より感動が増したのかもしれない。自分のいまの音楽生活があんな未来につながるといいな、なんて思い描いたりしたのだろうか。演目もクラシックというよりは現代寄りで、音楽や芸術の多様性を感じた。

同じ道でも違う気持ちで往路と同じ道のりを歩く。「もう嫌な思い出忘れたでしょ?」と子どもに訊ねると、「あー忘れた忘れた」と軽く答えが返ってきた。

こめかみと寺院

先日出かけた古本市で児童用の英英辞典を見つけた。正確には海外の子どもが使うオールイングリッシュの辞典である。


この辞典がなかなかの掘り出し物で、我が子は貪るように読んでいる。見開きのどこかに絵が必ず載っており、それも大抵が解剖のように詳細を描いたものであることから、英語が分からなくとも楽しめるのだ。従ってページをめくるたびに子どもは感嘆の声をあげ、大人に「ちょっと!これ見て!救命ボートの解剖図だよ?はぁぁ…最高…」と同意を求めてくる。大人が見ても興味深くつい時間が経ってしまうのだった。2007年発行の辞典だったのでかなり値下げされているのだろうが、これだけの情報が250円で買えてしまうなんて。

今日もその辞典を眺めながら子どもが私に「この建物なに?」と質問してきた。おお、これはアテネパルテノン神殿ではないか。パルテノンってこういうスペルなのか(=parthenon)。パルテノン神殿はtempleの例として描かれていた。「神殿とか、そういう宗教の寺院をtempleというのよ、神社はshrineかな?」などと言っていると、寺院はtempleという言葉の意味でも、二番目の項目に書かれていることに気づいた。一番目には「額の両側の平らな部分で、頬の上や耳の前」とある。わー、それってこめかみじゃないか。こめかみをtempleと呼ぶなんて、40年近く生きてきて初めて知った。

これは英英辞典だったからこそ出会えた情報だ、と私は考える。もし普通の英和辞典だったら、順番は逆だろう。こめかみの意味を見過ごしていたかもしれない。そして子ども向けの英英辞典だったからこそ我が子の目に留まったし、私もそれに便乗して気づくことができた。

さらにtempleについてウェブで検索すると、こんな記事に行き着いた。

この記事によると、こめかみと寺院はそれぞれ別のラテン語に由来しているらしいのだが、

しかし、templumも、tempusもともに、元をたどれば、古代ギリシャ語のtemnein(切る)に到達するようです。「永遠の空間から切り取られた聖なる空間」がtemplumであり、「永遠の時の流れから切り取られた時間」がtempusと言われるようになったとされているのです。

このtempusに由来する英単語は、temporary(一時的な)やtempo(拍子)であり、そしてtemple(蟀谷)です。蟀谷は、脈をうち、時間を刻んでいる、いわば「頭の時計」であると考えられたのです。

という風に元は同じ「切る」という言葉であったこと、さらにそれらと時間の関係性が述べられている。ロマンある表現にうっとりしてしまうではないか。そのうっとりと同時に私は気づいてしまった。「固めるテンプル」も、テンプルではないか、と……。

テンプル 油処理剤 固めるテンプル 10包入(1包当たり油600ml) 18g×10包

テンプル 油処理剤 固めるテンプル 10包入(1包当たり油600ml) 18g×10包

 

全くロマンがない方向に舵を切って申し訳ない。もしかしたら「テンプル」に近い名前の材料が使われているのかもしれないし、天ぷら油を固めて欲しいからとか、temperatureの意味からきているのかもしれない。それとも料理の「テンパリング(=tempering, 焼き戻し)」か。そうなるとtemperかもしれない。

いずれにしても、こめかみや寺院と同じく古代ギリシャのtemneinの意味が派生して、ここに辿り着いているような気がしてならないのだ。固めるテンプルの販売元サイトにも商品名の由来を説明するような記述はなかった。私は固まった廃油が鍋からつるんと取れる様を想像しながら、「切る」との関連に胸を高鳴らせている。

雑誌掲載のお知らせ/リトルプレスの自由/第二版

こちらでのお知らせが遅くなりましたが、広島の雑誌『Grandeひろしま』夏号(25号)に私の本が載っています。正確には、蔦屋書店の江藤さんがリトルプレスについて語られているコーナー内、江藤さんが手に持たれている本が私の『BRANCH_HIROSHIMA』。さらに書影や価格などの詳細も記載されています。

Grande ひろしま | グリーンブリーズ – 企画編集会社

私が読みづらいタイトルをつけたばかりにタイトルが間違っておりました。。『かつてそこに在った街』はSIDE Aのタイトルで、正しくは『BRANCH_HIROSHIMA』です。今後はタイトルのわかりやすさを心がけます!!

そして『Grandeひろしま』って読んだことないなあと思っていましたが、少し前に出たこの「広島 知の遺産 大学のミュージアム」というタイトルが気になったくせにそのままにしていたのでした。気になったらすぐ買うか読むかしないと、読む・知るチャンスを逃してしまいますね。

広島在住の方もそうでない方も、観光情報誌やタウン誌とは違う「ご当地読み物」として、質の高い写真や記事を楽しんでもらえるのではないかと。広島蔦屋書店さんの記事および私の本のチェックもどうぞよろしくお願いします。

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雑誌掲載については広島蔦屋書店でいつもやりとりさせていただくKさんに教わった。せっかくだから蔦屋書店で『Grandeひろしま』を買いたいと思い、ご連絡いただいてすぐ蔦屋書店に赴く。

リトルプレスのコーナーにも新しいものが入荷していた。以前Twitterのタイムラインで見かけ気になっていた『広島で、これまでにないかたちで「平和」を考える』を購入。この本は「ひろしま哲学カフェ」の発行する本。通信制大学在学中に幾度か鷲田清一さんの本に触れることがあり、以前より「哲学カフェ」の存在は気になっていた。そしてこれまでの人生で何度か平和教育を受けたことがあり、その度にモヤモヤした気持ちがあった。この本を読むことは、パフォーマンスではなく純粋に平和について考える機会となった。

もう一冊購入したのはKさんとの会話で話題にあがった『野宿野郎』3号。これを作られているのは女性だというから驚きだ。中の充実度と、合間に挟まれる野宿の名言のバランスが好きだ。トイレの個室で寝るなど、真似できない野宿ぶりがクール。私も『Hoytard1996 山岳地帯への旅』という本を作ったぐらいなので冒険は好きだけど、現在ここまで冒険はできない。本を読むことで野宿の楽しみを味わわせてもらえた。

『Grandeひろしま』の当該記事の終盤、広島蔦屋書店さんがリトルプレスのことを面白く表現されていた。引用してしまったら本を読む意味がなくなってしまうので引用しないでおく。それらの言葉は非常に的を射ていて、インディーズで本を作る私には勇気のわくものであった。今回購入したリトルプレスの二冊からもそのエネルギーを分けてもらえた感覚。リトルプレスは何もかも自分でやらなければいけないけれど、リトルプレスならではの自由があるから作っても読んでも楽しいんだ。

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というわけでこれをきっかけに『BRANCH_HIROSHIMA』の第二版を作ることを決め、数日それに追われ昨日無事に入稿しました。内容は全く同じですが、最初から版を作り直し見やすくなりました。

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表紙+背表紙+裏表紙。タイトルも少しはわかりやすくなったのでは……

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目次も誤字をきっちり直すことができました。ふー。発行は印刷仕上がり日の6月25日としていますが、現在の在庫がまだ少しあるので、それが出てからの販売になりそうです。どうぞよろしくお願いします。

地味服にスカーフ、毛皮にスニーカー

年をとると顔の周辺の華やかさを求めがち」という話を以前書いた。それに関連して、ここ数年スカーフやストールが欲しいという欲求と戦っている。

ちょうど春夏だからというのもあるだろう。この5月は特に暑く、昼間は薄手の服でないと過ごせなかった。しかし夜は寒く、かと言ってちょっとした羽織物を持つのは荷物になる。

現在、私の着ている派手な服はボタニカルブームの時に買った花柄のブラウスが一枚。それ以外はだいたい黒・グレー・白・ネイビー、時々マスタード色だのカーキだの。柄もボーダーやストライプ、稀に小さなドット。もういっそのこと地味な色だけを着て、鮮やかなスカーフやストールをポイント使いするのが良かろうと思ったのだ。

というわけで手持ちのスカーフと服を合わせてみたり、各ブランドの小物をチェックしたり、通販サイトを検索して回ったりした。素敵だけれど、羽織としても使うならビッグサイズのスカーフもしくはストールが良かろうと気づいた。そこでふと「スカーフはエトロを買いなさい」という言葉を思い出す。言った人がどなたであったか失念してしまったが、ピーコさんか山田詠美さんのどちらかだったはず。飛行機でも使えるから良いぞとどこかに書いてあった記憶がある。

私がピーコさんと山田詠美さんを同時に思い出すのは高校時代に『メイク・ミー・シック』を読みふけっていたからで、その後お二人は『ファッションファッショ』という本も出されている。

当時、『メイク・ミー・シック』を読みながら、山田詠美さんの毛皮にスニーカーを合わせる粋なファッションが素敵だなあと思っていた。自分はそういう格好はどうやっても似合わないし、大人になっても多分無理だろうとわかっていたが、そんな「ハズし」のうまい人間になりたいとは考えていた。

大人になったせいか、それとも時代の変化のせいか『メイク・ミー・シック』の内容が自分に合わなくなり手放してしまったが、ピーコさんが山田詠美さんにかけた言葉や「毛皮にスニーカー」の心意気への憧れは未だ心の奥にしまってある。

憧れたり影響を受けた人のファッションや考え方をそのまま真似る必要はなく、自分に合った方法で取り入れれば良い。毛皮にスニーカーのファッションはしないけれど、スカーフに関してはエトロを店頭チェックしてみようかなと思う次第だ。

***

それにしても、高校生が教室で『メイク・ミー・シック』読むなんて、背伸びもいいところですね。しかし、『放課後の音符』を読んでいた当時の女子高生は多いはず。「恋愛至上主義」に唾をかけるような思想だった私もあれらを読んで丸くなったから、意味はあったのではないかと思います。でも、別の意味で「恋愛をするしないも自由」な世の中になった今、あれらの本は古典となり愛されていくのかもしれません。

メイク・ミー・シック (集英社文庫)

メイク・ミー・シック (集英社文庫)

 
ファッション ファッショ (講談社文庫)

ファッション ファッショ (講談社文庫)

 
放課後の音符(キイノート) (新潮文庫)

放課後の音符(キイノート) (新潮文庫)

 

旅先のフレンチ

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小学生のころ、現在住んでいる街(敢えてどこかは書かないが、もうバレバレのあの街)に旅行者として二度宿泊した。そのときどこで晩御飯を食べ、どこに泊まったんだっけ?と、ふと考える機会があった。

もう随分と薄れてしまった30年前の記憶をなんとか引っ張り出す。家族と海島博(海と島の博覧会)に行ったときは泊まりだった。夜は本通りをぶらつき、その行き止まりの2階にある不二家(あのペコちゃんの不二家)のレストランに行ったんだ。2019年の現在、そのビルにはH&Mがある。

そしてUターンして再び本通りを歩き、平和公園を抜けたところにあるビジネス旅館に泊まった。当時既にそこそこ汚い旅館だったイメージ。いま何となく地図と照らし合わせて、あの旅館じゃなかろうかと思われる場所は特定できた。

二度目はおそらく親族と宮島に行ったあとで、泊まった場所の記憶は全くない。しかし、フレンチレストランに行ったのはよく覚えている。キティちゃん柄のピンクのナイロンリュックを背負いTシャツとキュロット*1という、フレンチに似つかわしくない出で立ちで訪れたから。やはり前回と同じように本通りをさまよい、良い店が見つからず止むを得ず入ったのだった。

今振り返れば「アンデルセンに行けばお財布にも満足度的にも良かったのに」「軽く済ませるなら、むさしでも良いな」と気づくのだが、致し方ない。親族は「良い機会だからフレンチのマナーを教えてあげよう」と、私ときょうだいに指導してくれたのだった。ど田舎はフレンチどころかフォークとナイフを使うような店がないからな。

あのフレンチレストラン、ちょっとアンティークな雰囲気で、重厚感があって、担当のスタッフさんも我々に優しく振舞ってくださる良い店だった。まだ営業しているのだろうか。せっかくだから行きたいなと思うのだけど、ネットで探してもそれらしき店が見つからない。もう閉店や移転をしてしまったのか、私の記憶が間違っているのか。

間違っている可能性も大いにある。大昔の話だし、その翌年に同じメンバーで金沢に旅をしたときも同様にフレンチを食べたからだ。やはり本通りのような商店街で、我々は食事する店を探していた。なかなか好ましい店が無いねぇと疲れ果てていたところ、二階に品の良さそうな看板を見つけたのだ。あれどう?と訊いた私に、親族は「また今年もフレンチ!?旅の初めから散財!?まぁしょうがない、他に良い店が見つからないから」と答えた。

その金沢の店もやはり老舗という雰囲気の、穏やかで優しい店だった記憶があるのだが、なにぶんシチュエーションが似ているため思い浮かべる景色が広島と金沢、どちらも似たようなものなのだ。茶色のような小豆色のような壁で、シャンデリアがあって、テーブルは白い布……そんなのフレンチの定番すぎて、手がかりや違いが何もわからない。ただ、高級だったぶん出来事自体のインパクトがありすぎて、小学校時代の旅先フレンチはずっと心に残っている。テーブルマナーとともに。

旅先の郷土料理を食べるのもいいけれど、お金に余裕があればフレンチも良い。あたり前だが手がかかっていて美味しいし、素材もご当地ものを活かしたりなど工夫されている。そういえば大人になり青森を旅したとき、同じようにぶらぶら店を探した結果フレンチを食べた。あのときも美味しかった。りんごのポタージュなど、はっとさせられるメニュー。またいつか、どこかの旅先で実現したい。

※トップの写真はその青森のフレンチである。弘前のシェ・モアというお店。

*1:キュロットという言葉も懐かしさ満載