文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

変わるものと変わらないもの

新学期の緊張感が蓄積したせいか、体調を崩してしまった。気の緩む週末に症状が出るのはいつものこと。そのたびに休日診療のお世話になっている。今回は会社員時代にかかりつけとしていた街の中のクリニックが担当。保管していた診察券を探し出し、ヨレヨレとしながら子どもを連れバスに乗り出かけた。

久しぶりのクリニック、受付の無愛想な女性もお変わりなく無愛想であった。私の古いカルテもそのままで、先生はその続きに日付スタンプを押し、読みにくい字で記載する。カルテにはドイツ語を書くものだとずっと思っていたけど、今回よーく見るとドイツ語筆記体に限りなく近い日本語だった。それに妙に安心する。

点滴をすることになった。ベッドの足元に子どもを座らせ、暇つぶしの本やお絵かき道具を並べる。私は立膝で横になり、点滴、天井、子ども、と交互に目をやる。天井は以前の「学校の天井にありがちな模様」から、シンプルなオフホワイト一色に変更されていた。変わらないものもあれば変わったものもあるな、と思う。

点滴を終え幾分か回復したので、食材の買い物を済ませて帰ることにした。子どもに約束のアイスも買わねばならない。こういうときはいつもより良いものを買おう、と百貨店のスーパーへ向かった。フレッシュな野菜、フルーツ、すぐ焼ける調味済みの肉。そして明日のパンも買うことにしよう。いつもホームベーカリーで焼いているがそんな元気は無さそうだ。

パンコーナーで子どもが「あっ!ヨモギパン!」とはしゃぐ。「ヨモギは薬なんでしょ?」そういえば私が小学生の頃の話を、以前子どもに聞かせてやったのだった。

私の住んでいた田舎ではそこらじゅうにヨモギが生えていた。春先には大人に命じられカゴいっぱいにヨモギを摘み、それがヨモギもちになる様を眺めたりした。その度に「ヨモギは薬になる」と言われていたので、おままごとの時もスープや薬として重宝していたのだった。

さらには、目の前で車にはねられた猫の治療にも使用した。血は出ていないが明らかに普通と様子が違う猫に、してやれることは薬を飲ませることくらいだった。猫に飲ませる薬など小学生には判らない。田舎には動物病院もない。とっさにヨモギを摘んで水に浸し、すりこぎで潰した簡易スープを猫に飲ませた。猫はぐったりしていたが、そのスープは飲んでくれた。そして、徐々に元気になっていったのだ。

「よし、ママもヨモギで元気になるね!」とヨモギパンをカートに入れる。昔の私と今の我が子に助けられた気がした。