文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

珈琲店をみつけた

やっと体が回復してきた。諸々の用事を済ませるために外に出ると眩しいほどの良い天気。会社を辞めた日や失恋した次の日の朝のように、長く暗いトンネルを抜けたあとの清々しい気持ちと空気。世界のすべてが美しく感じられる。そんな私の実際の世界は、移動に数十分もかからない至って庶民的な商店街なのだけれど。

かねてから行きたいと思っていた珈琲豆専門店がそこにはあった。オープンしてしばらく経つが、ずっと喫茶店なのか豆の店舗なのか判別できなかったのと、ちょっとした勇気が無かったことから入れずにいた。だが、平日昼間であってもかならずお客さんがいる。今日こそは行ってみようと思えた。世界は美しいし、友達にプレゼントを贈りたかったからだ。

店に入って正面、珈琲豆の入った大きな袋の数々が目に入る。そして横に並べられたギフト商品やドリッパーなどの珈琲グッズ。その反対には若い女性二人組と老夫婦が小さなテーブルセットで珈琲を飲んでいた。店の主人と女性は忙しそうに作業をしている。頃合いをみて申し訳なさそうに女性がこちらに来た。「少し時間がかかりますがよろしいですか?」「珈琲はいかがですか?」と丁寧に聞いてくれる。珈琲豆の裏に隠れていたベンチに案内してもらう。「コスタリカです」ソーサーに乗った深みのある茶色のカップが、試飲っぽさを打ち消してくれた。

病み上がりの体にはキツいかな、と思いつつも珈琲を口に含む。しかし全く不快感のない、まろやかに近い苦味。やはりこの店はアタリだった。最悪自宅用にしようと思ったが、これはプレゼントで正解だ。

安心しながら店内を見渡す。先程の老夫婦が旅先の島の話をしている。よく見ると格好が二人ともサイクリスト。ここまで自転車で来たのだろうか。最初に注文の豆を受け取ったのは彼らだった。「○○の××珈琲さんからこちらの話を聞いて」なんて声が聞こえる。店主もそれに反応し話が続く。「あの淹れ方は○○島でカナダ人が言ってたんだ」とご夫婦の男性側が言う。珈琲にこだわる人はこだわるものね。これは長そうだなと思っていたら、さらに男性は続けた。「いやー、自転車も珈琲も、ハマったら抜けられませんわ!ハハハ」。なるほど、カメラ好きにレンズ沼という言葉があるのと同じだな。

老夫婦の次は若い女性二人組。彼女たちはさかんにスマホで店内を撮影していた。インスタだろうか。むしろインスタであってくれ。と思いながら私も店内をさらにチェックする。おや、私の真隣にはレコードプレーヤー。店内のBGMはここから出ていたようだ。そして「K2」をはじめとする石川直樹の写真集が無造作に置かれている。その雑多な感じが、どこか落ち着く。

K2

K2

 

本と珈琲とレコード。そして窓の外にはいつもの商店街。行き交う人々もいつもどおりなのに、どこか輝いて見える。おばちゃんのママチャリの回転する様すら眩しく見える。店の庇が長いから、陰と日向が強調されるのだろうか。それだけではない何かを感じる。それぞれいつもそばにある何気ないものなのに、集め方次第で価値を生み出しているような。

私の番が来て会計を済ませ店を出る。商店街にありがちなペラペラのしだれ飾りも揺れている。