文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

あの人の日記

先日『すばる』4月号を買った。表紙のデザインも親しみやすくなったし、今回の特集「あの人の日記」に惹かれた。あらゆる書き手によるそれぞれの「日記」。エッセイではなく日記というリアリティ。人生の一片がそこにはある。隙間時間で細切れに読もうとページをめくるも、脚色されぬ事実と心の動きに圧倒され、幾分時間をオーバーした。危ない、私は慌てて本を閉じた。以後恐ろしくて再び読み進めることが出来ていない。

作家でなくても日記は書ける。そもそも日記なのだから読み手を意識したものではないのに、意識しないものゆえに惹かれるのか。『土佐日記』『更級日記』をはじめとする*1遥か昔の日記も「日記文学」とされているように、当時の世俗研究的な意図も相まって人々に親しまれている。まさか菅原孝標女も、自分の日記が千年以上の時をこえ平日午前中にキッチンのテーブルでノートパソコンをカタカタやっている主婦に言及されているとは思うまい。

私のそばにあった最古の日記、それは父方・母方それぞれの祖父のものだ。彼らは小さく几帳面な字で日記をつけていた。そもそも日記という概念も知らなかった幼児の私が、居間のその辺りに投げてある母方祖父の日記を知らずに読んでしまった。ほう、この日はパチンコで勝ったのか。その光景を目撃した祖父が慌てて奪いにやってきた。ごめんおじいちゃん。恥ずかしそうな顔をみて私は「してはいけないことをした」と理解する。後に祖父は病死した。病室でも祖父は日記を書き続けた。死の数日前、最後の文字はひたすらうねって判読できない。それこそ、祖父がその日を生きた記録だった。

父方の祖父は育てている農作物の状況を細かく記載していた。読んでもいい?と聞いたらあっさりいいよと言ってくれた。しかし過去のは見せてくれない。これもまた祖父が死んでから、テレビ台の下にある過去の日記を発掘することになる。見せない理由に心当たりがある、その年の冊子を取り出す。「◯◯死去 ◯時◯分」……私の父が死んだ日はそれだけが書かれていた。

私がこうやって書き記すブログは日記のように封印されたものではない。発信している以上、読み手が居る。通りすがりの閲覧者の人々、そこのあなたに目撃されている。私はあなたの心にそっと触れるような文章を書きたいけれど、それを意図しても無理が出ると判っているよ。日記のような魅力あふれるコンテンツをこえるのは私の試練だと思っているよ。だから手紙のように、伝える気持ちでEnterキーを押すよ。

すばる2017年4月号

すばる2017年4月号

 

 

*1:他の日記を差し置いてこれを挙げたのは、私が『更級日記』が好きだからです