読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今を生きる

英語に力を入れていると聞いて入った学校には当たり前だが外国人の先生が居た。最初の夏に出会ったのは明るい女性の先生。いつもホットパンツなど手足の露出が多い服を着ていたが、それに不快感を感じさせないのは彼女の爽やかさゆえ。いつも学校近くのコンビニでコークを買っていたので仲間と「骨溶けませんか?」「骨溶けるってよく聞きますよ」と声をかけたら「溶けない溶けない!私は水と同じようにコークを飲んでるよ」と笑い飛ばされた。

授業にも彼女の良さが表れていた。私は先生が黒板に書いた授業関連のイラストを模写しさらにアレンジを加えてノートしていたので、席を見回りそれを見つけた先生はいつも喜んでくれた。

任用期間が終了し先生が学校を去る時が来た。母国に帰り弁護士の道を目指すという。最後の授業で先生が黒板に自分の住所を書いた。絶対手紙を書かなきゃ、と思った。もうすぐ夏休みが来る。外国は夏休み後から新年度だというのを私はそのとき認識した。数日後、校舎の外をたまたま一人で歩いているとき、ばったり先生に会った。私たちの授業は終わったが、まだ用事で学校には来ていたのだ。私は先生にかけよる。先生も走って私を捕まえ抱きしめた。ああ、なんてドラマチック。今生の別れみたいだ。でも、外国は遠い。本当にそうなると思う。夏の雲が出てるこんな眩しくて暑い昼間にも別れはあるんだ、と私は思った。

次にやってきた先生は男性だった。そこまで陽気ではないけれど、楽しい授業は変わらなかった。そんなに仲良く話すことは無かったが、出会えばこんにちは、と挨拶する。どの生徒ともそのような感じだったのではないかと思う。

梅雨のようにジメジメした日だったと記憶しているが、通常とは違う選択式の英語クラスを受けていたとき、その先生が少し遅れてやってきた。えらく悲壮感ある顔をしている。授業開始の挨拶もせず、いきなり切り出した。「今日はガールズに聞いてほしいことがある…相談なんだ…」たまたまここは女子だけのクラスになっていた。先生は帰国子女で英語堪能な生徒を隣におき、要所要所で通訳するように頼んだ。

聞いたところ、先生は交際している人がいるのだが、別れたいと思ってもいる。どうにかうまく別れたいがどう言ったものか。……だったらちゃんと言った方がいいですよ、テキトーはダメですよ、と声があがる。いや、僕もまだ彼女には気持ちがあって。……じゃあ付き合えば?冷静なガールズたちはズバズバ先生に切り込む。それが、他にちょっといい人が出来たんだ。……えーーー!なにそれーありえないんだけどーーー!ガールズの一斉ブーイング。私の隣の子が「通訳無しでも判るわ……」と呟く。何この活きた英語の授業は。

それが先生の最後の授業になったと思う。何度も先生の授業は自習になり、夏休みが来て先生が退職したと公になった。噂では先生が宿舎に女性を連れ込んだとか何とか。本当のことは判らないが、最後の授業がアレなら信憑性はある。

さらに一年半位経った頃、何気なく手にしたタウン誌で先生の名前を見つけた。新聞のお知らせ欄のような自由投稿のコーナーで。先生のフルネームの後は「どこにいますか、ずっと待ってます。〇〇子」。あの授業に出て来た女性なのだろうか、それともまた別の?それは判らないままだ。

そんな先生は在職中、私のクラスの黒板の端に「seize the day」と書いていた。先生が辞めた後も、誰かが何か言った訳でもなくそのまま残されていた。他の日本人の先生が、それを見て授業中に「今を生きる」と書き足した。先生は良くも悪くも今その瞬間を生きていたんだろう。

それからの私は、暑い夏のコークの味を楽しみ、ことあるごとに「seize the day」という言葉を取り上げている。その度に、あの頃の先生たちを懐かしみ、さらに今の私はどう生きているかをいつも考えているのだ。