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東京という場所

先日家族で上京する機会があり東京タワー周辺に宿泊した。本来の用事は全く違う場所にあったが「用事が用事なので少しでも観光気分を味わいたい」と私が勝手に決めたのだった。

スカイツリーが出来た今も、それ以前も、東京タワーに惹かれる。何故だろうなと考える。自分が東京生まれだから?それが東京の昔からのシンボルだから?赤いから?よくわからないまま、独身時代の日記を振り返ってみることにした。

あるとき、私は夜の東京タワーから銀座までを歩いたらしい。銀座のどこかにあるスターバックスで休んでいる。わざわざ銀座に行ってまでカラオケをし、さらに「こち亀で開いたことのある勝鬨橋を渡った」と記録している。翌日は秋葉原へ行きコスプレのお姉さんたちを眺めた。「『コスプレのお姉さんが必ずしも可愛い子とはいえないよね』と私が言うと、『需要と供給がイコールじゃないんだ。供給過多なんやろね』と言われてなるほどなあと思った」とある。思い出した、一緒に過ごした人物のことを。そしてあの夜のことを。

彼は元々ちょっとした顔見知りだった。会えば普通に話もしたが、あまり他者に深入りをしないタイプだったのでどういう人物かよくわかっていなかった。しかし、ひょんなことから電話をする用事があり、話しているうちに音楽や本の話をするようになったのだ。以後ほぼ毎日、仕事が終わり諸々を済ませたのち眠るまでずっと、電話していた。何故会わなかったのか。それは彼が東京、私が地方にいたからである。

まだ話し放題もなかった時代、電話代がかさみすぎる。これは会わなければならない。私はむりやりに用事を作り彼に会いに行くことにした。前に会ったときは何とも思わず「ういーっす。元気?」「なにしてんの最近?」「ほなまたね」とか言っていたのに、違う人に会いに行くように感じられた。会ってみれば、顔はいつものあいつだったのだが。

ベタやけど他に行くところもないしあの辺行っとこうか、と東京タワーに行った。夜の東京タワーは初めてだった。このあとどこに行こうか、と言いながらも決められないあの空気がそこにはあった。「意味は無いけど銀座に行くか。歩いて」は?歩いて?歩けるの?そういう街なの?「こないだ電話したとき歩いてたん覚えてない?」ああそうだ、確か向こうが飲み会の帰りだった日、電車に乗らずにずっと歩いて話していたことがあった。「あれをやろう。『夜のピクニック』よ」

夜のピクニック (新潮文庫)

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私たちは本当に歩いた。思ったより距離はなかった。銀座までは検索しても徒歩30分と出る短い距離だ。冬の寒い日だったけれど、また尽きない話を続けていたらあっという間。東京って狭いんだね、なんて銀座のどこかにあるスタバで笑った。そして迷走するかのごとくカラオケをし、また歩いた。

その後の私たちは男女の付き合いとしては成立しなかった。私は遠距離でもいいよと望んだけど、彼が嫌だと言ったのだ。誰とも付き合うつもりはないと。こんなに話したのは君ぐらいだけど、付き合うのは無理だと。「需要と供給がイコールじゃないんだ。供給過多なんやろね」という言葉を記録していたのは、彼が私に対して言っている言葉のように思えたからだろう。

 私が結婚式を挙げる日、彼からも祝電が届いた。「遥かな地より幸せを祈っています」。私はあの東京の日を思い出す。遥かな地で彼は今日も生きている。味気ない部屋で床にパソコンと布団を置いて。もしかしたらソファぐらい増えているかもしれないけれど。花嫁支度部屋で「遥かな地よりありがとう」とメールを送ったら「よかったな」と返事が来た。お前は私の父親か。でも彼に送り出された気がした。

それからは一年に一度、彼の誕生日にメールを送る。子どもの写真を添付すると決まって「お父さんに似て可愛い子どもですね」と返ってくる。「相変わらずだね」「相変わらずやで」と、相変わらずのやりとりをする。

 

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ガラケーで撮ったあの日の東京タワー。