fortnight

海老の話になって「教科書の話思い出すよね」と夫に言われた。国語の教科書で有名な海老料理の話があるらしく、それがずっと心の中に残っているらしい。出稼ぎのお父さんが、田舎に珍しいその海老料理を買って帰る話。検索すると多くの人がその話を記憶し懐かしんでいるのがわかる。読んでいるだけでお腹がすくとか、海老料理の食感の表現が的確だとか、お父さんが出稼ぎに行っているという境遇についての切なさとか。ウェブ上に全文掲載されているほどだ(→三浦哲郎『盆土産』)。

私にとってのそういう「忘れられない教科書の物語」は、リーダーの教科書に載っていたひとつの不思議な物語だった。検索しても何も情報は出てこなかった。物語は海外が舞台。主人公の妻が陪審員で二週間家をあける。その間に男性は丘の上(だったと思う)で金髪ロングヘアの少女に出会う。ふたりは気が合って話に花を咲かせ、毎日丘の上で会うようになる。しかし二週間後彼女は姿を消し、そして妻が帰ってきた。夫はそのとき気づくのである、あの丘の上で会った少女は「自分と出会う前の妻」がタイムスリップして来ていたということに。そして妻はすべてを知ったうえで、家をあけていたのだと。

こんな東野圭吾みたいな物語を教科書に載せるというのも驚きだったが、それ以上に印象に残ったのは「二週間」という言葉だった。two weeksではなくfortnightという言い方があることをこの物語で初めて知った。today's nightがtonightで、fourteen nightがfortnight。英語ってうまく出来ている。以後なんとなく「二週間」というくくりを意識するようになった。

そんな英語を学んだ学校を卒業したあと、そこに「二週間」戻るチャンスがめぐってきた。教育実習である。教科は英語。先生たちもほとんど変わっておらず気心知れた方ばかり。担当してくださった女先生は私に一日だけ授業見学をさせたあと、いきなり先生の受け持つ4クラス全てで授業するように言った。

授業は学年が上の方が簡単だ。その日学ぶ文法をベースに授業を展開すればいい。テクニックは私も得意とするところであった。ユニークな覚え方で生徒の興味と集中を促す。問題は英語学習歴の浅い学年。文法は簡単なぶん、フォニックスなどを取り入れ発音・イントネーションをメインとする。案の定発音に苦手意識を持つ私はボロボロの授業を展開した。動揺して同じ生徒に発言させてしまったりもした。終わったあと、他の英語の先生も交えて指摘と反省会。悔しさで昼休憩も弁当の箸が進まない。

昼食後にフリータイムだった私は、実習生控え室で次の授業の計画を練っていた。悔しがっていてもしょうがない。そこに担当ではない英語の男先生がやってきた。さきほどの反省会で私に指摘しまくった先生だ。何も言わずに近くの席に座る。「もう落ち込んでませんよ」と言うと、フン、と笑った。心配して見に来てくれたのだろうか。しばらく私の実習日記をみて「なんだよワシの授業こんなに分析されてるのかよ」と驚き、ゆっくりコーヒーを飲んで帰って行った。職員室に顔を出すと、あまり話したことのない先生も「最初だから気にすんなよ」と言ってくれた。

徹底した対策、そして「自分が生徒だったら」を極力意識して、それからの授業はうまくいったと思う。生徒とも日に日にコミュニケーションが取れるようになり、実習生控え室に遊びに来る子も増えた。最後、生徒にアンケートをとったとき「わかりやすかった」という声ばかりで安堵した。さらに「ノートを返却するとき、教卓にいるんじゃなく自分たちの近くまで持ってきてくれて嬉しかった」「ちゃんと一緒に教室の掃除をしてくれた」という声もあった。生徒たちは思った以上に大人を見ている。

結局教師の道は選ばなかったけど、あの濃密な「二週間」は大きな支えになっている。仕事でうまくいかないときも、あの日々を思い出して乗り越えた。我が子の育児について考えるとき、あのときの生徒たちのことを思い出すこともある。頑張りすぎて、あの二週間で4キロ痩せたことも併せて記しておきたい。

 

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追記:2017年5月15日
検索避けに「海老料理」と表記を改めました。