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山岳地帯への旅:その5

山岳地帯への旅:その1(最初から)はこちら
山岳地帯への旅:その4(前回)はこちら↓から。

我々がこの村で過ごす最後の夜、広場でさよならパーティーが開かれることになった。パーティーの目玉は「豚の丸焼き」。そういえばここでの滞在中は野菜と米しか食べていない。山岳民族にとって肉は滅多に食べることのないご馳走なのだ。パーティーに備え、その日の昼は豚を屠殺・解体するということで、みんな広場に集合した。

特に合図があるわけでもなく、豚小屋から連れてこられた一頭の豚がいきなり息の根を止められていた。あまりの素早さに心の準備をしている暇もなかった。あれよあれよというまに腹を開けられ中身が取り出されてゆく。ザルのように編み込まれた木の板に大きな葉っぱが敷かれ、その上に内臓が乗せられていく。これが腸で、これが胃で……と説明していくコーディネイターTさん。それを見た小学生男子たちが「うえー、気持ちわりぃ」とありがちな小学生のノリで騒ぎ始めた。

「何だお前ら、だったらこれからも肉を食うなよ。お前たちが日本で食ってる肉もこうやって殺されてスーパーに並んでんだよ!」コーディネイターTさんが大きな声で小学生男子たちを叱り飛ばした。小学生男子たちは一斉に黙り込む。引き続き内臓は並べられた。ゆっくりと神妙に。私は土産を受け取ったときのティソさんの所作を思い出していた。

お腹の中身を取り出された豚は、両手両足をそれぞれ一本の木に縛り付けられた。鉄棒のような形で、焚き火で炙られる。豚の丸焼きって本当にこうやって作るんだな。内臓はまたそれぞれ料理に使用するようだった。使わない部分はどうするのだろう?と思ったら、膀胱を持った現地の子どもたちがそれに水を汲み、縛って水風船を作っていた。これでタクローをするという。何て有効活用なんだ。そしてお前らどんだけタクロー好きなんだ。

焼けてゆく豚のシルエット、そして食欲をそそる匂い。神聖な儀式と食欲が混じる。猛烈に私は「生きている」ということを実感した。そして周囲は徐々に暗くなっていく。さよならパーティーはもうすぐだ。

ゴザや籠で編まれたテーブル数個が設置され、完全に暗くなったころにパーティーは始まった。私はコーディネイターTさんと現地の人のテーブルに呼ばれた。あの焼けた豚が切り取られ、一口サイズになって今私の目の前の皿に乗っている。口に入れると苦くて油に溢れた味がした。「品種改良された日本の豚とは違うでしょ?」とTさんは言った。そうか、私が日頃食べている豚は、人の口に合うように改良されて出来たものだったのか。

現地の男性がニヤニヤしながら私にお猪口のようなグラスを差し出した。謎の瓶に入った液体を注ぐ。Tさんが「おお、高校生なら飲んでみな」と笑った。これはお酒ではないのか?お酒は二十歳になってからであろうが、ここで断ると呪詛的な何かで生きて帰れない可能性もある。ここでは十五歳から成人なのかもしれない。郷に入っては郷に従う!と勢いで飲み干す。やはり苦い。そして喉が焼ける。「うえーーーー」と笑いながら体をよじらせると、周囲がドッと盛り上がった。

食事が済んだ。あの豚を焼いていた焚き火を円で囲み、みんなでダンスをした。「マイムマイム」のようなステップの踊りだ。普段見かけない若い女の子たちの姿もあった。民族衣装ではなかったのであの学校寮にいる子かもしれない。やはり言葉は判らないので、何となく目を見て笑いあった楽しい時間だった。

宴を終えてティソさん宅へ戻る。空を見上げると星がギュウギュウに詰まっていた。世の中にこんなに星があったなんて。初めて見る無数の星に私は圧倒されていた。帰りたくない、と私は初めて思った。

翌朝食事をとり、荷物をまとめて(そんなにまとめる物もないのだが)私たちが村を去るときが来た。ティソさんがソワソワと、私とルームメイトKさんのカバンあれこれ入れようとする。バナナ一房!?日本の一房じゃなくてこっちの一房は15本くらいあるんですけど。なんとかスポーツバッグに突っ込んだ。

広場で別れの挨拶をする。ロカは遠巻きにこっちをチラチラ見ていた。アボイは事情も分からず遊んでいた。そして、ティソさんは泣いていた。どうしたのティソさん、泣かないで。と言いたかったけど、言葉が判らない。私はただ”ぐーたら”過ごしていただけなのに。ティソさんの手を取る。やっぱり骨ばって壊れそう。通じないのは分かっているけど、日本語で「元気でね」と言った。通じないのにティソさんはうなずいていた。

ティソさんの涙の背景を想像してみた。あの村に若者をあまりみかけなかったのは、学校に行っているからだけではない。貧しい村を支えるために出稼ぎに行くからだ。つまり、女の子ならば売春をすることも。よってエイズに感染する子も多かったという。学校寮ができ学校に行くことで就職する力をつけ、そのような商売やエイズを防ぐという目的もあったのだ。もしかしたらティソさんは私にそのような若者たちの姿を重ねていたのかもしれない。勝手な妄想だが、ロカの上に娘がいた可能性もある。

村がどんどん遠ざかっていく。初めて村に来たときと逆回転の景色。でも人々は大きく手を振ってくれる。私たちも振りかえす。私はこの景色を、ティソさんの涙を、ずっと忘れないと自分に約束した。(村から去ってもあと2回、お話は続く…)