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山岳地帯への旅:その6

山岳地帯への旅:その1(最初から)はこちら
山岳地帯への旅:その5(前回)はこちら↓から。

村から去ったあとも我々の旅は続いた。今度はその国で二番目の都市へ行く。きらびやかなお寺を見たり、ゾウの背中に乗ったり、船での川下りを楽しむ。街には美味しそうな屋台の店が立ち並ぶ。食事は主にその屋台で済ませた。日本人の口に合う照り焼きのようなチキンもあった。それにパクチーが乗っている。「カメムシの味がする」とみんなで文句を言いながらも、この苦さが村の食事の苦さに似ているせいか自然に馴染んだ。

宿泊はホテル。大広間で現地の踊りを見ながら夕飯を食べるという。なんてゴージャスなんだろう。村とのギャップに、初めて都会に出てきた田舎の子のようなリアクションしかできない。「おねえちゃんと泊まりたい」と教員夫妻の娘ちゃんが言ってくれたので、その日はルームメイトKさんに交替してもらった。「布団があるね!」「シーツだね!」とそれだけで大喜びだ。

荷物を整頓しようとスポーツバッグを開けると、ティソさんのバナナ一房が出てきた。そこへツアーに同行していた私の親族が様子を見にやってくる。「そのバナナは、ティソさんには申し訳ないけど置いて帰りなさい。たぶん空港で検疫に引っかかるから」と親族は言った。ごめんなさいティソさん。私はバナナ一房をテーブルに置く。願わくばホテルの従業員さんがこれを食べてくれますように、と私は思った。

現地のハイスクールにも訪問した。揃いの制服を着た少女たちには英語も通じる。「カフェテリアに行きましょう」と案内してくれた。土間でインゲンの筋取りをしている様子はない。最初の学校寮とは随分違う恵まれた暮らし。彼女たちに「日本について教えて」と聞かれた。私は、大したことは答えられなかった。私の住む町がどのくらい田舎だとか、人口はこのくらいとか、そういったことの知識・説明するだけの英語力は私にはなかった。

旅の最後に、コーディネイターTさん宅のお庭でパーティーをした。そのときコーンに乗ったアイスクリームを食べる私を誰かが写真に撮ってくれていたのだけど、とても私に見えない。当時、帰国後に周囲の人々にこの写真を見せると「これ誰?」と聞かれていたものだ。日本人でも外国人でもない、何者でもない私がそこにいた。

いよいよ日本に帰るときが来た。私は搭乗直前に体調を崩し、ぐったりしたまま日本の地面を踏んだ。国際交流仲間・日本お留守番チームのおじさんが空港までマイクロバスを運転し迎えに来てくれたので、ぐったりした私は最前の席に座らせてもらう。「はい、預かってたの忘れず持って来たよ」と手渡されたのは、出発前に預けた私のコートだった。このとき日本は真冬。体調の悪さで気温のことなど忘れていたが、確かにここは寒かった。

「音楽でもかけるか」と運転のおじさんが言ったので、私は慌てて荷物の中のカセットテープを探す。「これ、あの国のレコードショップで買ったんです。かけてください」と私が取り出したのは、Linda Ronstadtのアルバム『Feels Like Home』。


Linda Ronstadt - The Waiting (Letterman 3-21-95)

Lindaの原点ともいえるカントリーにアレンジされたイントロ。違う国だけど、あの村の赤茶色い土が脳裏によみがえる。私は”ダットサン風トラックの荷台で土埃にまみれながら”眠りに落ちた。

マイクロバスはあっという間に私たちの住む町にたどり着いた。一軒ずつ停車し、みんなにさよならを言って降りる。久しぶりの我が家。玄関扉を開け家に入ると、母親が料理の支度をしていた。振り返るなり母は「おかえり。……くさい。早く風呂に入ってきて」と言い放った。え?それが久しぶりに会った娘に言う言葉か?若干ショックを受けながらスポーツバッグを持って風呂場へと向かう。バッグの中のあらゆるものを洗濯カゴに投げ込んで、着ていた服も全て脱ぎ捨て、シャワーを浴びた。温度の調節しやすい日本の風呂。無機質で匂いがしないな、と私は思った。(次回でこの旅話ラストです)

 

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本日は予約投稿(朝7時半)でお送りしました。いつも午前〜17時あたりの隙間時間を狙っているのですが、GWをわずかながら楽しむために2日分書き溜め。

あの国のカセットテープはラベルがなく、テープに直接曲名が印字されたものでした。なんかそれがキュートで。Linda Ronstadtの『For Sentimental Reasons』というジャジーでビッグバンドでゴージャスなアルバムを中学生時代に好んで聴いておりましたので、この国で彼女のテープを買ってみようと思ったのです。

次回「山岳地帯への旅:その7」は後日談をお送りしようと思います。何者でもない私が日本人に戻っていくさま、高校でのエピソード、ツアーメンバーたちとの再会などです。どうぞよろしくお願い致します。