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山岳地帯への旅:その7

まもなく体調は回復し通常の高校生活に戻った。クラスメイトたちに「休み長かったね!風邪?」と言われ事情を話すと驚かれた。出発前に旅のことを話していた親しい子には「戻ってきてくれて嬉しいよ」という言葉とともに、この一週間の出来事を教えてもらった。お世話になった先生が倒れたり、日常もそれなりに色々あったようだ。

至って普通に授業を受けながらも、まだ心はあの国にいた。何者でもない私はふわふわ浮いてどこかへ飛んでいきそうだ。でも教室の窓は閉まっている。私と世間との隔たり。浦島太郎や傷痍軍人の気持ちが、ほんの少しだけ判る気がした。そのあいだにも世の中は動くし授業は進む。

そんな気持ちを察したのかどうかは判らないが、担任の先生が私に「クラスでの旅報告発表会をしてみないか」と提案した。担任の先生が受け持つ科目の授業を一時間カットして行う。私は二つ返事で了承した。みんなの、世間のリアクションを見てみたかった。そして授業が一時間なくなる!実際に先生がクラスで発表会を予告したとき、教室中が歓声に包まれた。

この発表会にあたり、旅行中にツアーの団長さんが撮影していたリバーサルフィルムのスライドと、その映写機を親族経由で借りた。あの村の写真を映し出しながら説明していく。このブログに書いたことを中心に、豚の屠殺のことや若者のエイズ感染のことも隠さずに伝えた。豚の内臓を並べるシーンでは、やはり「えー」とか「うわー」といったリアクションだったが、コーディネイターTさんの一喝を説明するとみんな静まり返った。私の思い込みでなく、おそらくみんな、何か感じ取ってくれたと思う。

その発表会にはひとり、おばあちゃまな年代の先生も聴衆として参加されていた。そのときまであまり話したことはなかったが、後日いただいた手紙に「目の前のチャンスに飛び込んだあなたを誇りに思う」と書かれていた。素直に嬉しかった。

同じように、ツアーメンバーの中学生男子も校内であの旅の作文発表をしたと聞いた。彼と同じ学校に通うきょうだいが言っていたのだ。あの中学生男子も旅でなにか得るものがあったのだろうな、と同志のように思えた。しかし作文の詳しい内容をきょうだいは教えてくれなかった。

親もきょうだいも、旅の話を詳しく聞こうとしなかった。ツアーに同行した親族が話したからもういいと判断したのかもしれない。私自身も自分の一日の出来事を家族に話す方ではなかったというのもある。帰国時の扱いといい、何者でもない私は奇妙に思われていたのだろうか。

旅から一年経つか経たないかの頃、ツアーメンバーとの再会のチャンスがやってきた。あのコーディネイターTさん一家が日本に完全帰国したというのだ。Tさん一家も含め、林間学校の宿舎で料理を作りパーティーをすることになった。部屋に入ると懐かしいみんなの顔。教員夫妻の娘ちゃんともあの旅以来だ。年賀状を出したりした程度。再会を喜び、一緒に調理を始める。

ふと近くにいるTさんの奥さんが目に入った。どうやら豆腐のパッケージの開け方に戸惑っている様子。私は奥さんに近づき豆腐と入れ物の隙間に包丁を入れ、上のフィルムをはがす。奥さんが「ああ!」と納得した顔で包丁を手に取った。Tさんの長女は「もうあの村の言葉忘れちゃった」と、あっけらかんとした表情。みんな、少しずつ変化してる。

私はどうだろう。この頃には、世間との壁はすっかり感じなくなっていた。もしかして、私の「何者でもなさ」は、あの国で浮き彫りになっただけなのではないか…と突然ひらめいた。だから家族とは隔たりがあるままなのだ。旅行以前から今までずっとそうだったのだから。これが日本人の私だ。最初から私はこういう日本人だったんだ。あの国の赤い土埃にまみれて、さらに泥臭く生きる日本人でありたい、という気持ちが湧き上がってきた。

料理が出来上がり、みんなでテーブルを囲む。食事をとりながら、一人ずつ近況報告をする。私の番がきたら、誰かが「今日いちばん最後まで働いてたね」と私のことをいじる。おおー、と驚く一同。あの村でひとつも働かずグータラしてたあいつが、というみんなの思いが伝わってくる。私は立ち上がりながら「へへっ」と笑った。(「山岳地帯への旅」おわり)

 

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前の記事へのリンク貼りは後日…

今回の記事、こどもを寝かしつけながらスマホで書いたら「はてなアプリ」がうまく動かず、下書き全文消えるという事件が起こりまして。。

従ってこれは二回目の記述です。いやー、通信制大学時代のレポート提出を思い出しますね。バックアップだいじ。

というわけで、長々と山岳地帯話にお付き合いありがとうございました!ブログに書かなかったことや写真を含め、いつか一つの形にまとめたい、と思うようになりました。もう旅から二十年以上経ってるのに!

とはいえ、自費出版で自分史を押し売りしたり配ったりするようなのは嫌だし。そういう意味でもちゃんとしたものを作りたい。このブログを書きながら、やっと気づいた次第です。