ヴィンテージの魅力

子どもの通う音楽教室は、ひとりひとり鍵盤の前に座りレッスンを受ける。先日のこと、教室内の鍵盤が一部新しい製品に入れ替わっていた。我が子の席の鍵盤はまだ古いもので「なんで自分のは古いの…」と涙をぽろぽろこぼし始めた。

先生や職員さんがしまった!と気づき、周囲のママたちも「じき新しいものが入ってくるからね〜」となだめてくれた。私も「納期とか締日とか在庫数とか、大人の世界にもいろいろあるのだよ」と慰めつつウケを狙う。

すると一人のママが「前のものってことは、ヴィンテージってことだよ!使い慣れて弾きやすいよ」と言ってくれた。そうだよ!ヴァイオリンとか、古いものの方が価値があったりするじゃない!と私も便乗する。ちょうど「ストラディバリウスよりも現代のバイオリンのほうが『良い音』と軍配があがる」というニュース記事を読んだのは絶対に我が子には言えないな、と思いながら。

話は変わって。二週間ぶりにあの珈琲豆専門店に行った。我が家は二百グラムを二週間で消費する、というのがわかった。今日は前回試飲したマンデリンにしよう。香りの鮮度を思えば一週間分=百グラム購入した方が良いのかもしれないが、とりあえず値段表示どおり二百グラムの購入とする。まだ「百グラム単位で買えますか」と言う勇気がなかったのと、他に聞きたいことがあったからだ。先日より探していたコーヒーカップのこと。

今回は正午に店を訪れたせいか他の客はおらず、店主も昼休憩中のようだった。試飲のコーヒーカップとてもいいですよね。あれは売っているものですか?どこかで買えますか?とスタッフの女性に尋ねたら、「あれは中古のヴィンテージものなんですよ」と答えてくれた。だから普通の店には並んでいないのか!探しても探しても似たものがないのに納得した。

豆の準備をしてもらっているあいだ、試飲のコスタリカをいただく。スタッフの女性が「〇〇さんのところにあるかもしれない」と声を上げ、レコード棚の下に並べられたダイレクトメールを一枚取り出し渡してくれた。陶器の写真が載せられたポストカード。「このお店にだったらあるかもしれません」…なんだって!絶対行きます。絶対に。「あっ、思い出した」さらにスタッフの女性は続けた。「アラビアのルスカ、です」…あらびあのるすか。私はバッグからボールペンを取り出しそのポストカードに記入する。間違えて「アラビカのルスカ」と書いてしまうほどに興奮していた。

帰宅し「アラビアのルスカ」を検索する。あのアラビアの!やっと状況がわかった。確かに中古でしか無いものだ。ネット通販でも買える。けれどひとつひとつの模様というか、柄というか、表面の具合が違うようだ。これは、目で見て買わないといけない。通販は簡単だけど、これは通販じゃダメなタイプの買い物だ。

ストラディヴァリウスより現代のヴァイオリンの方が良い音ならば、なぜ人は古いものを求めるのだろう。もしかしたらそこに宿る魂や触り心地を求めているのだろうか。コーヒーカップも同じように。ただでさえ深い「コーヒー沼」、ヴィンテージという荒波も追加され、私は全身泥まみれ。果たして紹介されたお店で念願のカップは手に入るのか。今からワクワクしている。