膝の匂い

幼い頃、自分の膝の匂いを嗅ぐのが好きだった。

障子をあけると廊下。その向こうに手すりとサッシの窓が目に入る私の部屋。本や新聞を広げ、割座で座りそれを読む。そのうち姿勢を変えたくなり、自然と片ひざを立て、その足首に手を置く。すると鼻先に自分の膝がくるのだった。皮膚の汚れや汗による匂いだったのかもしれないが、同じ匂いにいつも安心していた。

尾形亀之助の『美しい街』を読んで、電気を点けずに外の光だけで過ごしたこの畳の部屋の風景と膝の匂いを思い出した。そう、先日注文した本が届いたのだ。

想像したよりコンパクトで、それがより大切にしたいサイズ感。持ち歩くのにちょうど良い。余白や行間の読ませ方、目に浮かぶ光景。巻末の詩ではない文章と、それにつながる能町みね子さんのエッセイも良かった。日常、夜と昼を見つめてきたお二人がつながった。

同時に、探し求めていたコーヒーカップも到着した。珈琲豆専門店で教えてもらった店舗で探す、この手に取って確かめたいなどと言っておきながら結局ネットで注文したのだ。というのも、価格を検索しているうちに店によって開きがあることに気づいたから。確かな店で買いたいという思いもあるが、お金がかかりすぎるのは家庭の財政を担当する主婦として納得できない。

とはいえ安いばかりの店は安心ならないので、検索に検索を重ね、信用に足る店かどうか熟考する。幸い仕事の早いお店とめぐり合うことができ、注文の翌日には我が家にやってきた。厳重に梱包された箱の中から、あの珈琲豆専門店で見たコーヒーカップがあらわれた。

夜。子どもが眠り、夫が風呂に入った。キッチンの椅子にひとり腰掛ける。冷蔵庫がブーンと鳴っている。つめたいシンクにコーヒーカップを置くと「リン」と高い音がした。ドリッパーにお湯を注ぐ音にも耳をすまそう。あの本を読んだらいつもよりも色々な感覚が研ぎ澄まされる気がする。気がするだけか、私が本に酔っているだけか。

腰掛けたまま片ひざを立ててみた。大人になってしまったからだろうか、残念ながらいつもの匂いはしなかった。