文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

古代ギリシア、学問は余暇だった

私の最終学歴は通信制大学卒業なのだが、正確には現在も学生をやっている。放送大学に科目履修生として在籍しているからだ。この話をするたびに「まだ勉強してるの!?」と驚かれるのだが、残念ながら正科生時代に比べて圧倒的に勉強していない。

今期(四月からの第一学期)は特に顕著で、履修している四科目のうち三科目の課題提出期限が六月七日であるにも関わらず、課題は一科目の半分しか出来ていない。その半分も先日二時間で解いたものなので、つい「あと五・六日あればできるのでは」と呑気なことを考えている。

正科生時代の「意地でも最短で卒業するんだ」という思い、仲間たちとの励ましあいが無くなってしまったのもあるだろう。今でも交流のある在学生たちがレポートに励むのがSNSを通してチラチラ伺えるのが唯一の救い。テキストを閉じ鞄や本棚にしまうと私は普通の主婦に戻ってしまう。忙しさにかまけて、テキストの存在自体をも忘れてしまう。前回は夫や子どもに大学のことを話していたのだが、今回は敢えて秘密にしているので(最後の最後で驚かそうと思っている)、余計に忘れがちになるのだ。

ギリギリで課題をこなし一時的に頭に入っても、私自身の血肉にはならない。だからちゃんと噛み砕いて飲み込んで、学問を味わおう……そう思ってはいるのだが、つい学問に関して怠慢な日々を送ってしまうのだ。テスト期間になって慌てて「ちゃんとしておけばよかった」と反省し、テストを終えた頃にやっと勉強の楽しさに気づく。

今回は資格取得を目的とした履修だが、これを終えたら(果たして無事に終わるのかわからないが)一学期に一科目だけにして、じっくりじっくりやっていくのもありだろう、と思っている。せっかく培った学生時代の頭の動かし方・勉強の楽しみ方、忘れてしまっては勿体無い。

というわけで今日はこれから子どもが帰るまで、私は勉強をする。この文章を推敲し「公開する」ボタンを押したら、私はパソコンを閉じテキストを広げ集中するのだ(これは暗示である)。