バスタオルで擦り続ける

※ちょっと悲しくなるかもしれないので全部読まなくて良いです。

 

 

 

 

揚げ物をしていたら、油はねが腕に飛んできた。「あっつ!」と叫びながら腕を水道水に当て、タオルで擦る。これでもかと擦る。気づいた子どもが遠くから不思議そうに見ていたので「危ないから離れててね」と言う。「気をつけててもヤケドをすることはある。その時は冷やすのよ」と教える。タオルのことは触れない。

冷やすところからさらに擦るのは医学的にどうなのだろうか。さすがに酷いヤケドのときは擦らない方がいいだろうが、見た目に何ともない場合はタオルで擦っている。これは、私がかつて習得した技である。もちろん、あくまでも自己責任で行っている。

幼少の頃の数年間、私は祖母に虐待されていた。虐待だと気付いたのは大人になってから。何か私が粗相をするたびに、火を直接皮膚に付けられては脅されていた。今もそのヤケドの傷は残っている。

私はその際どのように処置をすべきか気づかなかった。親を含め誰も助けてくれなかったからだ。水で冷やすという発想もなかった。ある日の虐待直後、近くにバスタオルがあったので擦ってみたら、その箇所にはヤケドの跡が残らなかったのだ。私は嬉しかった。これからは火を付けられても大丈夫!……しかし以後二度と虐待されることはなかった。

「火を付けられても大丈夫」なんて思う自分もどうかしてる。火は付けられなかったけど、心の虐待は続いた。表面上は仲の良い愉快な家庭を演出するものだから、参った。何度かここに書いた「私をいじめる学校の先生」と結託していじめる時もあった。後年、友人に「あのときは大変だったね。学校で先生が急に『〇〇さんがおうちで言った酷いことを発表します』って言い出したとき…」となぐさめられる始末。

どうしても耐えられなくて高校三年の夏に家を出た。「あんたが家を出たせいで迷惑した。その分自分たちがつらく当たられるようになった。いまも祖母はあんたの悪口をいつも言っている」ときょうだいに言われた。

それでもときどき田舎には帰らねばならない。親に顔を見せない親不孝者になってはいけないという義務感のもと。認知症まっしぐらの祖母は都合の良いことだけを覚えている。教育実習の記憶がかすかにあるからか「あんたは学校の先生になったんだったかな?」と話しかけてくる。「違いますよ」と顔を見ずに答える。

自分の子どもはそんな苦労を味わっていなくて本当に良かった。そしてあのような母親や祖母にだけは決してなりたくない。もし今私が死んでしまうようなことがあって、子どもがあの家に預けられるようなことがあってはいけない。子どもの幸せと安全と健康のために私は生きる。体と思い出をバスタオルで擦り続けながら。