文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

贅沢なアイスの時間

この季節になると思い出すのは、数年前のある平日のこと。おつかいから帰宅した午後三時。まだ赤子だった我が子は抱っこ紐でゆらゆら揺れてお昼寝。そっと寝かせてから、おつかいで買ってきたアイスに手を伸ばす。そこそこに日差しが強くなってきた季節、贅沢に感じるひととき。

そこで電話が鳴る。携帯の表示を見ると親族だった。いつもの調子で「はいはーい、元気?」と電話に出ると、親族はゆっくりと低い声で話し始めた。

「え?」

よくドラマで見かけるワンシーン。緊急の電話が入ったときのアレ。あまりの衝撃に、頭の中が真っ白になる。脳の処理が追いつかない。親族はさらに言葉を続けているようだが、ちゃんと聞いていなかった。「聞いてる?」と言われ「ごめんもう一回いい?」と答えた。

「お母さんが倒れて、いま搬送中だから。たぶん緊急手術になる。で、あなたは赤ちゃんのことがあるから、(母が介護している)おばあさんをみててくれない?自分たちが代わりに付き添うから」

昨日まで元気な人も倒れるときがくるのだ。こんな呑気にアイスを食べているときにやってくるのか。電話を切って、私は我が子を見る。事情もわからずスヤスヤ寝ている我が子。父が死んだとき、きょうだいがこのくらいの赤ちゃんだったな。などと思い出す。

とりあえずアイスを食べながら今後の動きを計算し、食べ終えてから一気に荷造りをした。夫に連絡をし状況説明して、ふたたび子どもを抱っこして出発する。タクシーをつかまえてターミナルまで。その間も親族数名から続報と調整の電話が入り続ける。生死は五分五分だという。ターミナルで携帯のバッテリーを買わなくちゃ、と私は思った。

いつも帰省するときのターミナル。いつものように切符を買っていつもの乗り場へ。途中でいつも母が利用するデパートの紙袋を持った、似た背格好の女性とすれ違った。ああ、この人は元気で普通に生きている、母は生死をさまよっている。これが現実でありこれが人生なのだ。私はこのときだけ人目もはばからず泣いた。それから先は涙が出なかった。

結論から言うと母の手術は成功し、その後紆余曲折を経て回復した。今はほぼ通常の暮らしをしている。これもまた人生なのだろう。育児と闘病と介護と家族関係にまみれた一年のはじまりがあの日だった。私は呑気にアイスを食べていた。あの瞬間、私は本当に贅沢なことをしていた。