字を書くということ

昨日の流れで、父方の祖母のことを考えていた。祖父亡き後も祖母は限界集落の果てのような場所で独り生活している。高齢だが草刈機をブン回し、電動車で何処へでも出かけるパワフルなおばあさんになった。

そんな祖母も三、四十年前は曽祖父母の介護をしていたのだが、その頃からずっと習字をしている。通信教育で添削してもらうから教室に出かけなくても良いと言っていた。賞をとったものは額に入れたり掛け軸にして家に飾られている。習字は介護や農業・家事の合間の、自分自身と向き合える充実した時間だったのだろう。

そういえば私の周りやお友達も習字(書道)をしている人が多い。婚家にもたくさんの書道本があるし、書展に出展の際は見に行くこともある。あまり訳も分からず「すごいなあ」と思うだけで過ごしてきたけれど、今になって自分もやってみたくなってきた。私は学校の硬筆コンクールや書道の授業でしか経験がない。近年は「この一冊で美文字になる!」というようなペン習字の本で、お礼状や冠婚葬祭のときに練習する程度だ。

そして我が子にもちょうど良いのではないか。まだ習ったことのない字……例えば「太田胃散」という字を書き恍惚としている我が子を思うと、正しい書き順で美しい字を書く練習をするのは合っているような気がする。子ども向けに市販のひらがな・漢字ドリルもあるけれど、美しさを追求するものとはまた違う。

もう子どもの音楽教室に通っているからこれ以上の習い事は増やしたくない。よって通信教育に的を絞る。というわけで「日本習字」や「パイロット」のペン字をチェックしていた。リーズナブルだけど挫折しそうだなと思いつつも、通信で大学卒業できたから大丈夫だろう、という妙な自信が湧く。まずは放送大学の試験が終わってからの話だけれど、これからも息抜きにチェックしていこう。

書道をはじめとする「道」の付くもの(花道、茶道……等)は、師範が居てそこに弟子入りするような大掛かりなことであろう。そして年齢に関係なく生涯学ぶ姿勢を保つ。自分と向き合う時間、自身を律する心、それは生活にメリハリを与える。そんな「道」の素晴らしさに今あらためて気付いた次第だ。