贅の肉

人に写真を撮ってもらう機会がたまに訪れると、その写り具合を確認しては一人反省会をする。もっと頬を普段からあげておけばよかった、背中はもっとまっすぐ、なんだこの身体のラインのぶよぶよ感は……などと。その度に私は日頃の鍛錬のなさを思い知るのであった。

鍛錬とは気持ちの問題もあるが要は「エクササイズ」だ。水泳やダンスで鍛えていた頃と違い、明らかに今は緩んでいる。日々の忙しさでその事実を忘れ、写真を見てやっと気づく。ここ数年はその繰り返しだ。

我が家は一年半前にとある腹筋マシンを導入した。TVでもお馴染みのアレ。何ヶ月か続けたが効果を感じたのは一瞬で、いつの間にかやめてしまった。以後その「時々思い知ったとき」に慌てて腹筋マシンに乗り、また忘れているのである。

おそらく最初に感じた「効果を感じたのは一瞬」というのは、一番最初の罠だったのだろう。あれを乗り越え、継続して初めて本当の効果が出始めるのではないか。だって、腹筋とそのほかの軽い筋トレ程度で何キロも痩せるわけがない。年単位の覚悟を持たねばならない。もしくは、これに加えてのエクササイズを導入するとか。

水泳を再開してみようかな、と思った頃もあった。しかし水着を着る恥ずかしさや髪の毛を乾かす煩わしさを理由に伸ばし伸ばしにしてきた。その間にもどんどん体はたるんでいく。先日私は自分の写真だけでなく「実感として体がぶよぶよして気持ち悪い」現実に直面した。これが贅肉だ。奢りの心が肉となり続けているのだ。とにかく筋トレだけはしなければ始まらない。慌てて腹筋マシンを引っ張り出した。

久々にエクササイズする私を見て夫が驚く。と同時に「はいはい、またですか、まぁがんばって」という無言の圧力が伝わってくる。私はBuena Vista Social Clubの未発表蔵出し作品集を聴きながら一心不乱に筋トレを始める。

Lost & Found

Lost & Found

 

普通に筋トレをするよりもラテンの曲を聴きながら筋トレをすると盛り上がるのは、自分がラテン系ダンスをしていたからかもしれない。十分で百回の腹筋という目標も果たし、その他のワークアウトも忘れずに行うことができた。私の心は晴れ晴れとしている。

翌日は恐ろしいほどの筋肉痛で一回休み。いきなり一回休みとは!前途多難であるが、それだけこれまでの贅がひどかった。以後休むことなく頑張っている。なんとなく、筋トレとブログは似ていると思う。続けることに意味がある。終わりのことなど考えてはいけないのだ。

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