時がめぐる

少しズルをして、二十四時間前の日時に設定を変え更新してみる。

七月一日、今日はいい日だった。朝は遅くまで眠ることができた。しかし子どもは早く起きお腹を空かせている。ある程度の食べ物と飲み物を出しキッチンの小さなテーブルセットに着席させ、私はその下の床で寝ていた。用事があれば呼んでねと言い私は眠る。時々おかわりだの質問だのありながら、やはり私は眠る。

この家でいちばん涼しいのはキッチンの床だ。マンション暮らしは換気や通気がうまくいかない。床のひんやりした感触がいちばん心地よい。きっとこの家に動物がいたらここに横になるだろう。

子どもがまだお腹にいた頃、つまり妊娠中、つわりに苦しんだ私はよくここにこうやって横になっていた。つわりはまるで重力が体にのしかかってくるようなものである(個人差があります)。家でいちばん低い位置にいることは、重力に逆らわず過ごせる状態ということ。さらに先ほどのひんやり感もある。ただし、死体に間違えられないように気をつけねばならない。

午前十時、なんとか体を起こし家事にとりかかる。ごはんを完成させ改めて全員で食卓を囲む。昼の外食の相談をする。これもまた、子どもを妊娠中以来行っていないレストランに行くことになった。洗い物や洗濯をするあいだ、子どもと夫がしりとりをしている。日常のなかの非日常。ちょっとしたご褒美のひととき。

こんな日も、あの床に寝そべったつわりの頃から、いやそれ以前からも、ずっとずっと繋がってここまできている。同じように床に寝そべった日に、そんな当たり前のことを再確認する。

子どもが「また歯が抜けそう、グラグラする」と言ったこの日に。親戚の家があった場所が駐車場になっていたのを見かけた、この日に。

 

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