夏休みの奇跡

独りで暮らす父方の祖母から、我が家の送ったお中元が届いたとお礼の電話があった。ここのところ電話をしていなかったが元気にしているようだ。数日前は祖父の二十数年目の命日だったと、九十代の祖母は言っていた。

祖父が死んで独り暮らす祖母のもとに泊まりに行った回数は少ない。それまでは長期休みに長く滞在していたのに。私たち孫は徐々に大きくなり学校行事も増えた。中高生くらいになると、それまで子どもが長期休みになるのを煙たがっていた同居の祖母も、我々が大きくなり使い走りにちょうど良いのもあり側に置きたがるようになっていた。

高校二年の夏休みは宿題があるからなどと理由をつけて図書館に逃げるようにしていた。ここにはクーラーもある。勉強に飽きたら本もある。時々友達が来れば軽く挨拶を交わしたり。それでも夕方には家に帰らねばならない。

六時のチャイムが鳴り図書館を出る。その日は猛烈に帰りたくない、このままどこかへ行きたい、と思った。でも私には行くところがない。図書館の前の道に立って私は気づいた。この道を通るバスを乗り継いで行けば父方祖母の家に着くことを。財布にもそこへ行くだけのお金はあった。

公衆電話から祖母のもとに電話をかける。「いま図書館にいるんだけど、これから泊まりに行ってもいい?」祖母は驚きながらも「何もないけどいいよ〜」と言ってくれた。電話を切って、バスを待つ。バスに乗り、降りて次のバスの時間を見る。よかった、まだバスがあった。そのバスに乗り、降りて、さらにしばらく歩くと父方祖母の家に着いた。

庭の水撒きをしながら祖母が迎えてくれた。着替えがないので祖母のパジャマを借りた。シャリシャリの生地。おばあちゃんがよく着ていそうなもの。おばあちゃんだからな。

次の日、私に続いてまたこの家に突然の来訪者があった。祖母はやはり驚き、まあまあ遠いところから、電話をくださればもっとちゃんと用意しましたのに何もございませんで…とドタバタ慌て始めた。その来訪者は夫婦二人連れ。親の世代より少し上だろうか。カジュアルな格好ながらも身なりのちゃんとした都会の人たちだな、と思いながら薄茶の用意を手伝う。

話しているうちに、この人たちは父のことを知っている人たちだと気づいた。そうか、父の上司だった人と、その奥様だったのか。わざわざこんな山奥まで。ありがたいなぁと思いながら部屋の隅で話を聞いていた。

上司だった男の人が「お嬢ちゃんたちはお元気ですか」と問う。祖母が驚いた顔で答える。「えっ、〇〇でしたら、そこに居ますけど」…お嬢ちゃんとは私のことだった。ご夫妻は私を見て、一瞬固まった。奥様が突然泣き始めた。「まさか!ずっと、ご親戚の方かと思って…」「あんなに小さかったのに…」

そのご夫妻は(父の葬儀では会ったことがあるそうだが)初めて会う人たちだったが、そこで名前を聞いて私もわかった。それまで何度か祖母のところに墓参りに来てくださり、その折に私やきょうだいにおもちゃをプレゼントしてくださっていた人たちだった。そのプレゼントは、長期休みの私たちの楽しみとなっていた。

あの日、私の心に突如湧き上がった気持ちがここへと導いた。結果私はこのご夫妻に会い、直接お礼を言うことができた。このご夫妻は、以後祖母のところに訪問されていないし、もちろんお会いしていない。あれは奇跡だった。偶然だとわかってる、でも私には素晴らしい偶然だったんだ。