雨降り、雨止む

帰省の行程は中学時代から通学で通い慣れたルートを含んでおり、子どもに「あと何分なの」と尋ねられても返答が中途半端になることはない。同じように帰省する人で車内は混んでいる。東北に帰省している友達が「こっち、最高気温25度なんだけど」とメッセージをくれた。西日本のこちらはそれよりさすがに暑いだろうと思っていたが、最寄駅に降り立つとひんやりとした風が吹いた。外はしとしと小雨が降っている。

駅に親が迎えに来てくれていた。ここからさらに車で数分のところに、私が長く住んだ家がある。既にきょうだいとその子どもは数日前に帰省していた。親に孫、つまり我が子たちと遊んでもらい、私は作りかけの昼御飯を調理する。私がずっと苦手としている、私をいじめた祖母は介護ベッドで横になっている。祖母は私が誰だかもう覚えていない。すなわち、私をいびって暮らしていたことももう二度と思い出すことはないだろう。一応「〇〇の娘です」と自己紹介と挨拶をして、調理に戻る。料理をしても暑くない。エアコンも要らない。ここはそういう田舎だ。

食事を終えたら今度は父の実家へ行く。祖母が一人暮らしをする家だ。何度も来ているけれど、今日は何だかいつも以上に汚れている。年を重ねるごとに目も見えづらくズボラになるのか、普段誰も使用しないからなのか、グラスに汚れが目立ち畳にゴミや埃が多く、全体的に湿気を感じる。ある程度みんなで語らいお茶をしたところで、我慢できなくなった親が掃除機を持ち出した。「お義母さん、掃除してあげますわ!」ここは乗らなくてはならない。「私も!こういうときじゃないと手伝えないから!」

客間以外の、かつてここに長期休みで長く預けられていた頃に過ごした部屋はもっと汚れていた。私、ずっとこの部屋でテレビを見てゴロゴロしていたのに、そのゴロゴロしたあたりの畳は埃まみれになっている。幼いながら手伝いをしたキッチンのスリッパがしっとりしすぎている。物置になり使われていないダイニングテーブル。私は、自分が泊まりに来られなくなった年月の長さを実感した。

祖母は「もういいよ、ばあちゃんやるから。ばあちゃんいつも適当だからさ」と所在なさげにしている。自分のテリトリーを荒らされる辛さもあると、わかってる。ごめんおばあちゃん、でもこれは私たちがここ数十年間に盆暮れ正月と法事に来る程度で、この家にじっくりと向き合っていないことへの反省でもあるんだ。

少し輝きが復活したところでタイムアップとなり祖母の家を後にした。小雨は墓参りのときに止んだ。いつもそうなのだ、帰省すると小雨が降りそして墓参りの前に必ず止む。私が結納をした日もそうで、帰り道は晴れて虹まで出た。我が子が生まれたときは三日間土砂降りで、入院と退院のときはしっかり晴れていた。きっと偶然だと思うけど、あまりにもこんなタイミングばかりで私は思う。お父さん、泣いてるでしょ?

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……というブログを、帰省先で書いています。子どもは眠り、私は蛍のようにスマホの画面を暗闇に光らせています。外から、おそらく田んぼから、りーりーと鳴く声がします。カエルではないこの声、何だろう。もう忘れてしまいました。まさか、もう鈴虫!?わからないまま、いまメガネを外しました。おやすみなさい。