消費消耗の長さ、人生の長さ

ここのところ二日に一回の更新だったので、今日は一日に二回更新してみる。

家電が壊れるタイミングは重なる、という話をよく聞く。我が家でも最近、結婚以来使用してきたものが壊れる自体が重なった。プラスチック計量カップの底が割れて漏れが発生・スープ用おたまの本体と柄が外れる・ドライヤーが動かなくなる……。ずっと誤魔化しながら使っているけれど、本当は洗濯機も壊れている。「映らなくなったテレビを叩いて直す」という昭和のお母さんの如く、私も毎朝洗濯機を叩きまくている。それで電源がつくうちは、まだ壊れていないのだと言い聞かせながら。

ほぼ独りで暮らした(ルームシェア的なもの含む)約十年と、結婚してからの約八年を比較する。独りのときはあまり物を消費・消耗している感覚がなかった。食品も洗剤もタオルも、一度買うとなかなか減らない。けれど結婚し子どもが生まれると、とたんに消費・消耗が激しくなる。タオルなんて、独りの十年で同じものを使い通したけれどへたることがなかった。しかし今は、一年も使えばボロボロになってしまう。干し方や柔軟剤で工夫しても同じである。

人生の中で十年といえば結構な幅を占める。私の寿命がどのくらいなのか、それは命尽きるときにしか最終的な長さは解らないけれど(もしかしたらそんなことを考える暇もないくらいあっという間に死んでしまうのかもしれないけど)、死ぬまでにあと何回計量カップを買い換えるだろうか……と、ふと考えた。結婚当初に買った計量カップは100円ショップのものだった。今回買いなおした計量カップは「私の部屋」で買った1,500円。電子レンジでも使用可だという。どうせ長く使うなら、丈夫なものにしようと思ったのだ。そしてあと二十年くらいはこの計量カップを使ってみたい。その頃には子どもが独立して自分の道を歩み、私たち夫婦もほどほどに健康で居られたらいいのだけど。

その頃もまだ洗濯機を叩いていたら、それはそれで面白い人生だ。