コンビニの帰り道

台風の前の静けさ。朝七時台、しとしと降る雨のなか私は一人でコンビニに向かう。今日子どもの学校行事で必要な軍手を準備し忘れていたからだ。今までの人生で幾度もコンビニに入ったが、見かけたような見かけなかったような、なんとも不確かな存在、軍手。

ひと通り自分で探しても見つからず店員さんに尋ねる。店員さんも不安そうな顔をしながら陳列棚へ。あった、私が見ていた棚の別の位置に。店員さんにお礼を言いレジへ向かう。軍手はちゃんとある。急な掃除当番、急な墓掃除、急な証拠隠滅に軍手が必要なときはコンビニへ。

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普段絶対に家族と過ごしている時間に一人で過ごすのは何ともそわそわする。以前もこんなことがあった。子どもが泊まりがけの学校行事に出かけ、夫は仕事からまだ戻らなかった夜八時。食器洗剤を切らし在庫も買い忘れ急遽コンビニへ。夜中に一人で歩くなんて不良少女みたいだなと少しワクワクするアラフォー。誘蛾灯に群がる虫のようにコンビニのあかりに吸い寄せられる気分。つい必要のないシュークリームまで買ってしまった。

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私が家族を形成する以前のこと。一人暮らしの自由を謳歌する私は夜中のコンビニが好きだった。テレビで深夜番組を見終えた頃にコンビニで『MASTERキートン』のペーパーバックとヨーグルトを買う喜び。

しかし夏のある日痴漢に遭った。背後から私に気配を感じさせず、急に走り出し追い抜きざまに私の体を触って逃げて行く長身の男。私はとっさにその男を追いかけた。しかし逃げ足が速くあっという間に逃げられた。とっさに私は近所の交際相手の家に逃げ込んだ(徒歩五分のところに住んでいたのだ)。

交際相手は家に居なかったが、鍵をもらっていたのでそのまま入った。部屋に入って安心してやっと体が震えてきた。落ち着くために交際相手に電話をしたが、あまりピンときていないようだった。

その日以来、夜道に気をつけるようになった。一度この話を誰かにしたとき「なんで追いかけたの!追いかけちゃダメだよ、あぶないよ」と言われた。自分でも何で追いかけたのかよく分からない。捕まえてやろうと思ったのだろうか。

何にしても自分の認識の甘さを悔いた。それまで「自分が山岳地帯でのサバイバルな状況を経験しているから多少のことは平気」と思っていたが、それは間違いだった。山岳地帯で私は人々に守られていたから過ごせていたのだ。この日の私はそこそこの都会に出てきて、たった一人。誰からも守られていない。それにようやく気づいた。

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いまは家族との生活があり、私はほとんど夜道を歩かない。早朝や夜中に歩くときは、時折背後を振り返りながらあの帰り道のことを思い出す。手に入れた軍手や、シュークリームの美味しさを特別に思う。