百人一首だけ飛び級

週末は書展に出かけた。書のことは全くわからないが、書かれた文字や紙質、額縁などをアートとして鑑賞するのは楽しい。子どもも「この書が好きだ」と感覚でコメントしていく。漢詩だけではなく、好きなミュージシャンの歌詞や英語までもあった。

なかでも百人一首が書かれていると反応してしまう。かな文字も読むのが難しいけれど、部分部分で判読できる文字を何となくつなぎ合わせると「あれは〇〇番の…」と思い出すことができる。

私が百人一首と出会ったのは小学校一年だった。田舎の冬は雪深く仕事もままならないので「かるた」がさかんだった。「今年は十首おぼえましょう」と先生に言われたが、あっという間に十首覚えてしまった。私は、百人一首の記憶だけは何故か得意だったようだ。その年は二十首覚えた。

翌年は百首ほぼ全て覚えてしまった。したがって周りの子との差ができてしまう。よって百人一首の時間だけは上の学年に飛び級することになった。三年生から六年生は学年関係なく百人一首の力だけでチーム分けされている。私は真ん中ぐらいのレベルで戦った。四年生から六年生のあいだは、最上位チームをずっとキープした。

私の百人一首生活はそこで終わった。「競技かるた」という言葉を知ったのは大人になってからだった。ずっと続けていれば『ちはやふる』のような青春が送れたのかもしれない、などと思ってみる。

幼い頃はそんなに頭の中の「ハードディスク」が埋まっておらず、色んなものを吸収することができる。私は百人一首を吸収し、他の事柄もどんどん詰め込み年を重ね、ハードディスクがぎゅうぎゅうになってしまったように感じる。年をとると記憶力が低下するのはわかるのだが、せっかく記憶した百人一首は上の句と下の句がバラバラになり整理整頓されぬまま保管されているようだ。おかげで今の正答率は低い。「忘れじの 行く末までは 難い*1」のだ。

*1:百人一首54番「忘れじの行く末までは難ければ 今日を限りの命ともがな」