私とCHAGE&ASKAの24年について

私の音楽嗜好に大きな影響を与えたミュージシャンが逮捕されたのは、2014年5月17日のことだ。私は第一報を受けたときのことを鮮明に覚えている。ちょうど家族写真を撮りに出かける直前に何となく点けたテレビでニュース速報が流れたからだ。あまりのショックにパンストを履き忘れた。後日出来上がった写真を見ると、私の汚い脚は写真館がちゃんと加工してくれていた。

中学に入ったばかりの頃、親が車を買い替えた。そのCMソングを歌っていたのがCHAGE&ASKAだった。したがって車内には彼らのベスト盤のカセットテープが常備されるようになった。それで一気に彼らの曲を好むようになったのだ。『SAY YES』のころ私は小学生。周りの子達が学校で歌うから存在は知っていたものの、テレビは自由に見せてもらえなかったし流行りの歌に興味はなかった。

彼らの音楽の良さを知ったころ、図書館に音楽雑誌『GB』が置いてあることに気づいた。そこで私は「音楽雑誌」というジャンルがあることを知る。雑誌からミュージシャンの情報を入手すればいいことがわかった。そして多くのミュージシャンがラジオに出演することも知った。勉強よりも音楽情報を吸収し自然と知識が増え、小学時代を知る友人が驚いていた。

世間の流行の流れは早い。次第に「チャゲアス」が流行りの歌からすると「ダサい」領域に入っていった。それでも私は彼らの音楽を聴いた。彼らの良さを人から尋ねられても、好きであることに理由などないのでうまく説明できない。ただ、彼らの声質の違いと二つの声が合わさったときの何とも言えぬ美しさ、これは滅多にないことだ。CHAGEが歌うASKAの歌、またASKAが歌うCHAGEの歌というのも非常に味わい深い。

しかし高校を卒業してから、私はCHAGE&ASKAのCDを買わなくなった。貧乏学生生活にCDはなかなか厳しかった。そして新曲が何となく自分に合わなくなってきたのだ。それでもライブには極力行くようにした。彼らのステージは練りに練られた贅沢なステージで、曲を知らぬ人も飽きさせない。新曲がヒットしなくなったぶん(かどうか正しいことは判らないが)フェスや小さな箱にも来てくれるようになった。

ASKAの声が少し出にくくなった頃、私は彼らのライブに行かなくなった。結婚し子どもも生まれた。CHAGE&ASKAは活動を休止し何度目かのソロ活動が始まっていた。そんなある日、夫が帰宅して目を輝かせながら報告してくれた。「〇〇さんが、ASKAを見たって」夫の先輩が地元テレビ局に宣伝にやってきたASKAを至近距離で見たというのだ。「で、どうだったの?何か気づいたこととかあったって?」「すっごい、いい匂いしたって」……そうなんだ。「そういうわけで君にもチャゲアス好きを思い出してもらおうと思って」と夫がカバンから取り出したのはASKAの当時最新のソロアルバム『SCRAMBLE』であった。私がCHAGE&ASKA好きであることを当然夫は知っており、時々YouTubeでイントロクイズをさせられていた。「はい『迷宮のReplicant』」などと答えては「なんでわかるの!」と笑われるのだ。

『SCRAMBLE』は想像以上に良いアルバムだった。以前「新曲が何となく合わない」と思っていた頃の曲よりも自分にフィットする。子どもを寝かしつけるときにも歌うようになった。まだ赤ちゃんに近かった子どもも口ずさむようになっていた。夫は「じゃあライブも行っておいでよ」と言ってくれる。しかし私は悩んでいた。ASKAはかつて「自分はソロライブはしない」と明言していたのに、いつのまにやらソロライブをするようになっていた。若き頃の私はちょっとガッカリしたのである。今になればそんな気まぐれや気の変わり方はある、ということが判るけれど。キリンジ堀込泰行脱退前ラストのライブツアーも同時期にあったので、どちらにするか悩んでいた。

結果的に私はASKAのライブを選んだ。キリンジを見てしまったら本当に「キリンジ」を見るのが最後になる気がしたのだ。小さな子どもと夫がはじめて二人でお留守番。負担のかからないよう、ギリギリの時間にタクシーに乗り会場に向かう。入口には「CHAGE&ASKA復活」のポスターが貼られている。ちょうど彼ら二人の活動再開が報じられた頃だった。ステージに「待たせたね!」とASKAが現れた瞬間、私はどっと涙を流していた。まだ歌ってないのに。かつてCHAGEが「ASKAを見てただ泣いているだけ、祈りのポーズをしてるだけの人がよく客席にいる」といった発言をしていたが(うろ覚えでごめんなさい)、まさにそれはこの日の私だった。感動で胸がいっぱいになってしまったのだ。さらに新しいアルバムの曲はもちろん、飽きるほど聴いた過去の曲も新たな魅力を放っている。何よりASKAの声が復活し、今まで以上のパフォーマンスを見せているのだ。涙は止まらない。

その頃私は子どもを産んだだけでなく親の手術・入院を経てこのライブを見ていた。CHAGE&ASKAの曲に出会ってからの自分の人生・彼らの活動の変遷が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。『SCRAMBLE』に入っている曲の歌詞が胸に突き刺さる。

君はとても頑張ったと思う 僕はとても耐えたと思う

僕らは戦うことがそういえば好きだった
何度も何度も生き返るんだ 夕暮れ時に

(『僕の来た道』 より)

割と普通なことを歌っている、ありがちな歌詞かもしれない。しかしこの歌詞、特に「戦う」と「夕暮れ」部分にはこれまでのASKA曲とリンクするものがあり、余計に涙を誘うのである。私はこの日、一曲おきぐらいのペースで泣いていた。涙を拭うのも面倒なのでタオルを口元に当て流しっぱなしにして。ライブで泣いたのは今までの人生でこの一度だけ。

タクシーで帰宅すると、近隣の商業施設に出かけた二人はまだ帰宅していなかった。しばらくして「バスに乗ったら寝ちゃったよ」と夫が子どもを抱えて帰ってきた。「ライブ中ずっと泣いてた」と報告するとやはり爆笑された。

そのライブの数ヶ月後にASKAは逮捕され、話は冒頭に戻る。あの素晴らしいライブは薬物によるものだったのか?真偽のほどは判らないがショックは大きかった。私はCHAGE&ASKAの曲が聴けなくなった。歌っても思い出すので、寝かしつけにも使わなくなった。「♪そろそろね〜、は?」と子どもに聞かれ「あれを歌っていた人が悪いことをしてしまってね、悲しくなるからもう歌わないことにするね。ごめんね」と答える。

何ヶ月かしてYouTubeで彼らの曲を聴いてみる気持ちになった。ヒットソングから隠れた名曲、さらにはライブ映像まで。やっぱり彼らは上手い。心をつかむ。そして二人の、CHAGE&ASKAとしての歌が聴きたいという気持ちが湧き起こる。ASKAは徐々に活動を再開し、今は「はてなー」でもあるし頑張っているようだけれど、でもやはり二人の曲が聴きたい。彼らの原点はやはり「二人であること」だと思う(かなり昔はバンド編成だったんですけどね…ちょっと説明が長くなるので省略)。

なんで今このような文章を書いているかというと、寝ているときに頭にパッとメロディーが浮かんで「あっ、これもCHAGE&ASKAの素晴らしい曲の一つなのに存在を忘れていた、なんてことだ」と気づいた曲があるからだ。その曲は『Far away』という。歌詞は大人の恋愛部分もあるけれど、それはちょっと後回しにしてまずはCHAGEASKAの声をじっくり楽しんでもらいたい。それぞれの声質に合ったいい感じの絡み方なのだ。それと、サビ直前からサビに至るところのつなげ方。うっとりしてしまう。


Far Away-CHAGE&ASUKA

曲の後の二人の語りが何とも言えない。まさかこんな未来が待っていようとは。

また、ソロでセルフカバーしているバージョンもある。こちらも魅力的。ピアノがいいんです、ピアノが。


【神】ASKA - Far Away[FHD 5.1ch ハイレゾ]

……というわけでこんなに長い3,000字超えの文章になってしまいましたが、最後まで読んでくださった人、本当にありがとうございます。世界のどこかにいる同じCHAGE&ASKA好きのみなさんに「ひとりじゃないよー!」という気持ちが届きますように……。