文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

占い、現在と未来、そして目の前の明日。

一週間風邪が続いている。なかなか痰が出ず、夜中に老人のように咳き込む様子を夫に心配された。かかりつけ医に行くと薬が変わった。「痛みを和らげる薬と痰が出やすくなる薬は違いますからねぇ…」などと言われる。

昨日買った石井ゆかりさんの『3年の星占い』を読む。私が今年使った「星ダイアリー」の著者。

3年の星占い 牡牛座 2018-2020

3年の星占い 牡牛座 2018-2020

 

↑たまたま検索していちばん最初に出てきたのが牡牛座。私は牡牛座ではない星座なのだが、『星ダイアリー』にも『3年の星占い』にも「2017年12月20日」が節目であるといった記述があった。まさにその12月20日つまり明日、我が家はひとつの挑戦を控えている。ドンピシャな内容に震える思いだ。

石井ゆかりさんも『3年の星占い』の中に書かれていたし、自分も以前このブログにも書いたけど、占いという非科学的なものを根本から信じてなど居ない。けれど少し自信や支えにすることは出来る。捉える自分次第。

昨日子どもの学校に行くと、教頭先生に声をかけられた。「◯◯ちゃん(=ウチの子)が、先日東京に行った話をしてくれたんですよ。そうしたら『文学フリマに行ってママの本を売りました、宮島の本が売れたんです、大学の友達にも会いました』って…」

なんということだ、あいつ全部喋っとるじゃないか!「いや、もう小さな小さな自主制作の本を作って売ったものですから。本屋さんに売っている本みたいなのじゃないんですよ」と言いながら先生にペコペコお辞儀をして、校庭を突き抜けるように走って帰った。

夕方、子どもが帰ってきて「先生から聞いたよ、東京のこと全部話してたでしょ?」と言うと「ギクッ!」とマンガ的リアクションが返ってきた。「話したらダメだった?」とたずねられる。「いや、ダメじゃないんだけどさ、ママが恥ずかしいじゃん?」

子どもと話しながら、私がやっていることは何だろうと考える。友達が以前「お金をもらったら、もうプロだよ」と話していた。たしかにそのとおりだ。その言葉と責任をずっしり感じる。このお金に見合ったものを作らねばと思う。出版不況と言われる世の中で、こうやってインディーズで本を作って売ること、その場を作る文学フリマのようなムーブメント、それがどんどん当たり前になっていくのかもしれない(もう、なっている?)。

新しい流通の形、のようで居て、これって「狩猟時代に黒曜石と食べ物を交換していたのと同じだよな」とも思う。

ただ自分のやりたいことをやる、というだけじゃなく、自分の立ち位置や世の中のしくみが大きく影響していると感じる。

明日に備えて今夜のメニューは豚カツ。今日は早く寝るために、午後1時から豚カツの下準備をする予定(あと5分だ)。頭のなかにミュージカル「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」が流れる。さあ、行ってきます。


『Les Misérables』♪民衆の歌/オールキャスト