文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

系譜:元ネタを知らぬが文化は続く

子どもが家でぬいぐるみをヒーローにして遊んでいた。そのヒーローは電話ボックスで変身するとのこと。あら、あなたヒーローが電話ボックスで変身するのを知ってるの?すると子どもは「だって『おじゃる丸』のコーヒー仮面と日本茶仮面は電話ボックスで着替えるから」と答えるのだった。

最近のアニメは親も楽しめるように出来ている。NHKの『おじゃる丸』は特にその要素が強いアニメのひとつだ。子どもたちはこのストーリーをオリジナルだと思っているけれど、本当は違うんだぜ。ママが君くらいの頃に『Dr.スランプ アラレちゃん』というアニメが……

私はここで気づいてしまった。それすらもオリジナルではないということを。スッパマンはそもそもスーパーマンから来ているではないか。私ですらオリジナルに触れていなかった(『スーパーマン』を観たことがない)。

文化とはそういうものかもしれない。ちょうどそんなことを考えていたところだった。通信制大学時代、近現代芸術についての科目を履修したときのこと。テキストや授業ではYMOなどの現代の音楽についても触れられており、レポート課題でもそれを取り上げてみたいなと思ったこともあった。

しかしYMOについてどんなふうに突き詰めていけばよいかボンヤリとしており、結果的に手を出さなかった。他に検討したのはソウルやジャズといった方面。これはちょうどソウル関係のラジオを聴き始めた頃で、そのラジオに出演している人が翻訳した本を図書館で取り寄せてみた。しかしあまりにも分厚く、専門性が高すぎて途中で断念したのだった。

いまになって考えてみれば、例えばYMOの細野さんの音楽はテクノだけではない。ニューオーリンズ方面も充分に関連している(これは詳しい人にも最近同意された)。そのあたりを攻めればレポートの題材として充分に成立したのに!

いま私たちが触れる機会の多い現代の新曲たちも、元を辿れば面白いものに行き当たるはずだ。私はもうほとんど最近のヒットチューンはわからない人間になってしまったのだけど。でも好みの曲を探る気持ちは今も残っている(だからYouTubeでいろいろ巡ってしまうのね)。文化という連鎖、系譜の面白さ、これからも味わっていきたいなあ。