文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

図書館の更新と災害の記憶

図書館から、予約した本の準備ができた旨連絡が入った。図書館のマイページを見ていると「次回更新してください」といった内容が表示されている。どうやら私は今月更新月に当たるようだ。誕生日も関係しているとは思うが、前回更新したのは通信制大学に編入したときだった。あれから3年が経つのか。更新はカウンターに免許証を提示するだけ。「お手数ですが次回は2021年によろしくお願いします」と言われた。2021年、私はどんな生活を送っているだろう。

 

1月17日の震災の朝、私はインフルエンザで眠っていた。震源地からはるか遠く離れた我が田舎町もあの朝は揺れたらしい。寝床に生姜湯を持ってきてくれた親族がそれを教えてくれた。

回復し翌朝登校した私は一目散に教室のストーブに向かった。田舎の人々は早く来たものから順にストーブの前に集まる習性がある。数名揃ったところで自然と地震の話になった。

ふだんあまり話したことのない女の子が「私、物資提供とか募金とか、しようと思う」と言ったのをよく覚えている。そういう募金とか、どこを通したらいいんだろうね、という話もした。災害はどこにでも起こるということを初めてハッキリ認識したのがこの地震だった。その女の子は別の高校に進学しそれきりだが、あの日の彼女の決意したような表情は忘れることはない。

 

未来のことなど誰にもわからないが、やれることをやるしかないのだ、そんな当たり前のことを考える。みんなそうやって生きているのだろう。そんななか、胸を通り過ぎる気持ちを綴る場所があるのは大切なことだ。教えてもらったこのリンク先を眺めながらひとりひとりの人生を思う。

震災の前日|震災20年ブログ|神戸新聞

 

関連して、これも気になっている。

煩悩ウォーク

煩悩ウォーク

 

その街の岡宗秀吾 - てれびのスキマ

その悲惨を乗り越えるには笑うこと、笑える力ってメッチャ大事やぞ!と。それまで嫌ってた人とかまったく知らん人と笑いを共有するってすごいパワーになるんですよ。最後に勝つのは笑いとユーモアやぞ!ってね、そういうことをね、あの震災に関しては誰かそろそろちゃんと言わなあかんぞと思うんですよ。