文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

珈琲は、まだ早い

寒さに耐えかねて通販で注文していたロングダウンコートがやっと到着した。薄手だが、着てみると股下丈のダウンコートより随分あたたかい。

到着のタイミングでちょうど参観日を迎えた。よりによって体育を外で観ることに。あたたかいコートとはいえ一時間も外にいると手もかじかんでくる。

球技で積極的にボールを取りにいかない我が子。省エネ戦法でゴール付近をウロウロし、いざというとき得点を狙う。ポジションが決まっていればまだ判るけれど、まだボールは味方陣地にあるんだからむしろ防ぎに行かないと!とイライラしながら見守る。子どもだから無理、と判っていながらも、少し悪知恵が付いてくる年頃だと認識させられる。

同じ頃に行われた保護者面談でも悪い部分しか指摘されず、私は先生に謝りたおす事となった。「でもそれ、私も散々子どもに指摘しているんです、けれど直らなくて。もう悪い性格のまま周囲の空気が読めぬ人間となり、人に嫌われてから事態の重さに気づけばいいと思います。そうでもしないと気づかないと思います」と私は続ける。先生は困った表情をしていた。

寒空のもと参観をしながら、馴染みのママさんと話す。どうやらそのママさんも、先生とはネガティブな話しか出来なかったそうだ。もしや担任の先生はそういうタイプなのだろうか。我が子がダメなわけじゃないのだろうか。私は面談の夜に散々子どもに説教をかましたことを少し後悔した。

これからも成長とともにずる賢さを身に着けつつも、まだまだ幼さはしばらく残るのだろう。それを忘れずに子どもと関わらねば。帰宅した子どもにあたたかいものを飲ませてやろう。甘くミルクたっぷりめのコーヒー牛乳は飲めるけど、珈琲はまだ早い。