文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

1998年春、映画館にて

貧乏なときほど娯楽を欲してしまう、と思うのは私だけだろうか。それともあれは当時の私が若かっただけなのだろうか。YouTubeが無いから音楽を自由に聴けない、食費を削ってCDを買う、そのCDすら厳選に厳選を重ねて選ばれた究極の一枚。

だから当然映画館で映画を見るというのは贅沢の極みだった。レンタルビデオ(もちろんDVDではない)すら貴重。それでも映画館で見なければという使命感に駆られたのが北野武監督作品『HANA-BI』だ。

私はビートたけし/北野武にテレビだけでなく書籍で触れることが多かった。学校最寄りの図書館にもきちんと置いてあったのだ。深夜の映画放送で見た『あの夏、いちばん静かな海』の文字通りの静謐さ。『HANA-BI』がヴェネチアで金獅子賞を受賞したときは我が事のように喜んだ。

そのころ受験で私の街に来た友達は、私が北野武作品を好んでいることを知っていた。彼女の受験の打ち上げも兼ね、我々はきちんと映画館で『HANA-BI』を見ることにした。

あの作品のテーマはどう考えても生と死である。そして大杉漣さんの演じていた刑事は、バイク事故後の北野武自身を投影している。絶望から湧き上がる気迫。全面的に死を意識しながらも、ほんのわずかに生きる希望があるから、あのような気迫になるのだろう。それを見事に演じていた大杉漣さん。

昨日、偶然にも家事をしながらYouTubeでたけしの番組に出る玉川カルテットを見ていた。たけし/武の表現はお笑いだとか映画だとかのカテゴリーを超越している。それは音楽面においても言えることだなと考えながら。玉川カルテットの音楽性も素晴らしいのだ。大杉漣さんのバラエティ番組やギター、たけしとの『浅草キッド』のセッションも同様に。ほんとうに幅広い表現をなさる人だった。亡くなっただなんて。あまりにも突然でショックが大きい。

HANA-BI』を見たものは皆、死と自らの生き様について考えざるを得ない。私は死んだ父と重ねてこの映画を見ていた。そして大杉漣さんが亡くなった急性心不全、さっきまで元気だった人が急に亡くなるあのパターン、私の父の死因を思い出しまた何ともいえぬ悔しさが込み上げる。

あのとき映画館できちんと『HANA-BI』が見られて本当によかった。若いうちに見るべきものを見ることができた。