文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

よしよし

また実母が暴走し、夫の母にまで迷惑をかけていた。実母の新たなる趣味のイベントに夫の母を誘ったのだ。私から見てもなかなかセンスの悪い趣味であり、夫の母も当然断ったとのこと。夫の母は「(私)さんからも(実母)さんによろしく言っておいてね」と優しく言ってくれたけど、京都人的に深読みをすると「お前自分の母親よく管理しとけよ、迷惑したぞ、断るこっちも面倒だぞ」というニュアンスもほんのり感じられた。別に私は京都人ではないけど。京都の人に怒られそうだけど。

実母にその点含め色々と伝えるが、娘から自分の趣味をけなされたという部分に終始腹を立てていた。いや、あんたのダサい趣味は自由に好めば良い、しかしそれを周りに流布するな、巻き込むな、みんな行きたいわけじゃない、と説明する。しまいには「そちらのお母様を誘ってない、誘うもんか」とまで嘘をつき始め、ガックリ肩を落としたのであった。

帰宅した夫の愚痴を聞く流れでその顛末を話す。夫は「歳をとると人間はそんなふうに強情だったり聞こえないふりをする生き物なんだよ。あなたはこれまで親に酷い目にあったというけど、養護施設に入れられるよりは良かったと思うよ?」と私をなだめ、もっとお母さんを大切にしなさいと言うのであった。

「じゃあ私はこれまで我慢して、まだまだもっと我慢しなきゃいけないの?養護施設で他人にいじめられた方がまだ良かったよ、肉親だと捨てたくても捨てられないんだよ?表面上、建前上の付き合いで充分じゃん。これ以上恥や迷惑をかけないでほしいんだよ」と返すと、夫は「君のそのあふれる恨みと情熱を小説にしたらいいと思うよ…」とため息をつくのであった。

というわけで、私は小説ではないけれどブログにこれをしたためている。書きながら頭を整理する。

私は夫に「親もいろいろあるんだろうけと、あなたの親はひどいよね」と言ってほしいだけなのだろう。夫の愚痴に「社長もいろいろあるんだろうけど、社長ひどいよね」と返すように。そしてそれを夫に伝える。「私、かわいそうにって“よしよし”されたいだけかもしれないわ…」と。それを聞いて夫は「ちょっと、変なホストとかにひっかからないでよ」と笑った。いやいや、誰でもいいわけじゃなく、一番の理解者にされなきゃ意味ないわけよ。

ずっと「かわいそう」と他者に評されるのを嫌い、「かわいそうじゃねーよバカ」と思ってきた。さらに「かわいそうじゃないという健気な私、を作文に書きなさい」と教師から言われ「他人の言葉で書きたくねーよバカ」と怒ってきた私の心の旅。現在は「心を許した者にだけ、かわいそうだねと言われたい」という非常にワガママな地点に到達している。

頭のどこかでは、それがめちゃくちゃなのはわかっている。私の心が死ねばみんなの感情がうまく回ることも。でも私は生きている以上、心を殺したくないんだよ。