文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

100mにも満たぬ低い山

我々が事あるごとに「山頂で食べるおにぎり最高…」と呟いていたためか、休日の昼前に夫が「よし、今から山へ行こう」と重い腰をあげた。アウトドア大嫌い派の夫が山へ!このチャンスを逃すわけにはいかない。

「でも行くのは標高50数メートルの山だよ。登山というかハイキング、ふらりと公園に行くようなものだよ」と念押しされた。もちろん、そのような低山のなかの低山でなければ、ふらりと行くことなど出来ない。登山に大切なのは事前の準備だから。ふらりと行くときこそ丘レベルの山である。

そこは市民にとって花見スポットのひとつでもあり、夫が幼き頃に行ったことのある山であった。それゆえ久々に見ておきたいというのもあったらしい。経験者がいるなら尚更心強い。我々は車に乗り、途中コンビニでおにぎり等を調達し近隣の無料パーキングに駐車した。

低山というだけあり、それは住宅街のなかにあった。かつてこのあたりは海で、その山は島だったという。登山道というよりも少し山奥の公園の階段をのぼっているような感覚。ぶら下がる毛虫にギャッと驚いたりする程度で、あっという間に山頂へ到着した。

全く運動らしい運動をしていないためか、おにぎりに先日の山ほどの美味さがない。しかし低山の山頂は強すぎぬ程よい風が吹き、お弁当にはちょうどよい快適さ。時折ランニングやお散歩の人が頂上までやってきて、また帰っていくのを眺める。私たちが知らなかっただけで、山はみんなの生活に組み込まれていたのだな。

下山しながら子どもと私は「〇〇家登山部入部おめでとう!」と夫に言うが、夫は「仮入部なんで!見学で充分ですので!」と拒絶する。しかし程よく日光も浴びたし、森林浴をした気分にもなったようだ。帰宅後に夫が「次は△△行きたいね」と、山およびキャンプ場がある土地の名を挙げたのを、私は聞き逃していないぞ。