文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

鍵盤ハーモニカ(嫌な思い出は塗り替える)

先日、子ども連れOKのフリーライブに出かけた。友人が演者として出演しており声をかけてもらったのである。子どもが泣いてもチョロチョロしていてもOK、曲目も大人から子どもまで楽しめるということで気軽に参加することが出来た。

そのなかで、鍵盤ハーモニカのアンサンブル曲があったのが非常に興味深かった。私の知らぬ間に鍵盤ハーモニカはオシャレ楽器になっていたようだ。ギターやベースのように斜めがけストラップもついており、両手演奏が可能。ソロパートなどダイナミックでカッコいい。

多くの人が経験済みと思うが、私も小学生の頃に鍵盤ハーモニカをやった。学校の運動会では強制的参加の鼓笛パレードのようなものもあったが、そのときも鍵盤ハーモニカだった。私はそれに飽き飽きしていた。ただでさえピアノが習いたくても習えず(この辺のいきさつは以前このブログにも書いた)、鍵盤にコンプレックスがあったため出来るだけ音楽から離れたかった。よって私は鼓笛パレードの指揮者になることにしたのだ。

指揮者になれば鍵盤を弾かなくて済む。児童会長が指揮者になるのが毎年恒例であった。ならば私は6年生で児童会長になろう。そのためには早めに顔を売り実績を作らねばならない。そう思っているところに担任が「4年生も立候補して良いんですからね。どんどんがんばりなさい」とみんなに伝えた。よって私は5年生で児童会書記になるべく立候補することにした。音楽から離れるためなら何だってする。

その選挙は4年生の終わりに行われた。私が立候補するのを面白がって周りが選挙キャンペーンを展開してくれた。なかなか手応えもあったが、最終的に私は落選することになった。それを聞かされたのは当落発表の前日放課後、担任に呼び出された職員室でのことであった。

「あなたが当選したけど、辞退しなさい。上級生の教室は遠いから、打ち合わせがあっても行きづらいから」

だったらなぜ「どんどん立候補しろ」と言ったのか。こんな過疎地の小さな学校で教室が遠いとか何を言っているのだ。1階から2階に行くだけだろうに。最初から立候補しなければよかった。せめて黙って落選させてくれれば良かったのに。私を労うつもりだったのだろうか?いや、他の先生の前で私が辞退するところを見せなければならなかったのかもしれない。書記には次点の立候補者・つまり次期6年生の人が当選した(ことになった)。私はこのことを友人の誰にも言わぬまま卒業した。

ただ、私はどうしても指揮者にならなければならない。これ以上毎年毎年鍵盤ハーモニカを演奏するわけにはいかない。いよいよ6年生で児童会長になるための選挙がやってきた。相変わらず友人たちが選挙キャンペーンを面白がってくれた。完璧なスピーチを用意して演説会に挑み、当選。もう担任も違う人間に変わっている。やっと指揮者になれる。

そこでまた壁がやってきた。よりによってパート決めは音楽に詳しい先生、よって前の担任だったのだ。「いつも児童会長が指揮者をやっているけど…あなたはリズム感がないから指揮者には向いていないわ。他の人にしたほうが良いと思う。それでいいわね?」全校生徒の前でそう言われて、私はうなずくしかなかった。

私はアコーディオンの担当になった。しかしアコーディオンは重くて持てないし、片手でメロディを引きながらもう片方の手で蛇腹のようなあの部分を動かさなくてはいけない。あれがどうやっても出来ない。しびれを切らした前担任が下級生にアコーディオンをするように命じ、私はいつもの鍵盤ハーモニカを手にした。

そんな悲しい鍵盤ハーモニカの思い出を塗り替えてくれた今回のフリーライブ。そういえば色んなミュージシャンのライブでアクセントに鍵盤ハーモニカを使うのをたまに見かける。ちょっと低めの音(アルト鍵盤ハーモニカ?)が私の好み。キリンジの『さよならデイジーチェイン』で流れる鍵盤ハーモニカの音も哀愁が漂って素敵な感じなんだよな。子どもが夏休みに学校から鍵盤ハーモニカを持って帰ったら、一緒に演奏してみよう。嫌な思い出はどんどん塗り替えるに限る。

↓ピアノを習いたくても習えなかった、誰も悪くないけどちょっと悲しい思い出。

↓リズム感がないわけでは無かろう…と思いながら始めたラテンダンスの話。ここでもあの担任の先生の言葉を書いているくらい、しつこく根に持ってますよ!