文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

現実の一片

朝3時55分起床、食事準備。4時台、夫を送り出す。寝てていいよと言われたので準備後にウトウトしていたが、声をかけられハッとして慌てた。ちょっと気が緩んでいた。いかんいかん。

再び眠り、子どもの起床時間に起きて共に食事。その後スーパーへ行く。今週は風邪だったのでネットスーパーしか頼んでいなかった。そろそろ食料の在庫が無くなってきたので買わねばならない。物資不足の混乱なども覚悟しながら登山靴を履く。外は普通の雨の日と同様なので慣らしのための登山靴だ。

近隣のご当地型スーパーへ入る。人は多くも少なくもない。品物は普通に存在した。値段が高いわけでもない。鮮魚も精肉も卵もある。お惣菜もパンもある。我々は断水もしていないし、本当に必要な人に届くためにも通常どおりの買い物をした。

帰宅し昼食を作り食べる。夫がいつ帰るか分からないので念のため取り分けて冷蔵庫へ。こういうとき、いっとき流行った「作り置き料理」が使えるのかもしれない。災害で調理できない事態を考えても有効だ(冷蔵庫に電気通ってるから言えることでもあるのだが)。

 

仕事の合い間に夫から電話。「若い子たちがコンビニにパンがないって言ってるんだけど、ウチ備蓄とか大丈夫なの?」とのこと。朝のスーパーとの違いに驚いた。「チェーンの飲食店は食材届かなくて休みのところもあるらしいよ」とまで言っている。我が家は元々災害用に僅かだが水を買い置きしている。ここ最近の山登りブームが幸いし、缶詰もある。イオン飲料やゼリー飲料、カセットコンロ以外に固形燃料も。登山靴といい、ここでまさか登山グッズが大活躍の予感である。

そういうわけで備蓄は大丈夫だが、10日引き落としのクレジットカードが二件あるので、念のためそれらの引き落とし口座に入金すべく、コンビニとイオン的大型店舗のATMに行ってみることにした。子どももここ数日運動していないので、午後も散歩させた方がいい。

まずコンビニに入りATMへ。近くにあったペットボトルコーナーは充実していた。やはり大丈夫じゃないか、と思ったら、そこへどっと駆け込み水を見つけ出す三人組が現れた。「あった!ここ水あったよ!」と喜んでいる。私はようやく現実を目の当たりにしたようだ。

続いて大型店舗へ。ここも野菜コーナーは通常どおり。しかし精肉、卵、水、パン、惣菜は棚に何も置かれていない。缶詰やレトルト食品も品数が少なく、冷凍食品は霜がたくさんくっ付いていた。奥から引っ張り出して並べたのだろうか。これが今の、この街の現実だった。もう少し離れたところではもっともっと壊滅的なことになっていて、私が見たことは現実のほんの僅かな一欠片でしかないのだが。

我々はあまり物資の不足と関係なさそうなジュース・子どもの欲しいというお菓子を買い、ATMでの用事も済ませ帰途につく。途中で同じ幼稚園だった子に遭遇した。そういえば、心なしか道路上に歩いている人が多い。買い物袋を下げている人もいるけれど、そうでない人もいる。運動も兼ねた散歩だろうか。

 

夕方5時、夫から帰るとの電話。思ったより早かった。昼食は軽く出たものの足りないとのこと。取り分けていた昼食が早速活かせそうだ。朝スーパーで買った小アジに片栗粉をつけて少ない油で揚げ焼きをしていると夫帰宅。一番心配していた友達とも連絡が取れ、家ギリギリのところまで洪水が来たけどセーフだったとのこと。安堵。

親族からも連絡が入る。断水だわ道が通れないわで孤立していたけど、無事透析に行けたとのこと。良かった。金曜、大阪に出張して戻れなくなっていた親族も今朝やっと新幹線に乗れて帰宅した。ひとまずみんな揃って良かった。

私が入浴中に実母から着信。ここ一ヶ月ずっと連絡を断っていた。さすがに出た方がいいのだろうが、私が被害にあってないことはきょうだいのネットワークで知っているはずだし、テレビを見てもわかることだ。入浴中なのをいいことに、夫に「電話出て、いま風呂って言っといてもらえる?」と丸投げしてしまった。

風呂の中にも夫の話し声はうっすら響いてくる。夫に迷惑をかけてなければ良いが。通話を終えた夫が脱衣所あたりにやってきた。「ごめんね長話させたんじゃないの?大丈夫だった?」と訊ねると「ああ、俺の仕事の大変さ聞いてもらう感じでいっといたから。まぁ年寄りの扱いは任せてよ」と頼もしい言葉が返ってきた。

 

明日は月曜。交通機関の動きや子どもの学校など、また予測のつかない日々が始まる。明日は4時15分起床。