文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

老人の香り

同じマンションに住んでいる人が珍妙だと思うのは、同じ建物でほんの僅かながらも生活を共にしているからだろうか。住居というのはその人の生活や生き様が出やすいのかもしれない。

私は同じフロアの老女のお宅から漂う香りを感知しながらそのようなことを思う。老女は私たち家族よりも後にこのマンションに越してきた。基本的に独居だが、時おり様子を見にきますと物品持参で挨拶に来た壮年の娘さんの気配を週末に感じる。

老女とはよく廊下やエレベーターで遭遇する。会えば無難な時候の挨拶、そして我が子に向け「大きくなったわねぇ」と言われるなど。この夏は酷暑だったから、時候の挨拶も適当ではなく「いやもう本当に暑いですね、生きるだけで精一杯ですね」などと力強く語った。すると老女は「だからもうウチは玄関を開けっぱなしにしてるのよ。どうせこの階は人の出入りも少ないし」と言い始めた。

その数日前から老女宅の玄関がほんの少し開けたままになっているのに私は気づいていた。同時に、そこから漂う香りにも。あの香り、私はこれまでに何度も嗅いできた。田舎の祖父母の部屋で、友人の祖父母の近くで、地域のご老人のお宅に訪問するような校外活動で、教員免許を取るために行った老人ホームの介護実習で。揃いも揃って老人たちからはみんなあの匂いがする。苦くて古い老いの香り。

そんな老女宅の玄関ドアから見える景色をなるべく見ないようにしようと思うのだが、廊下の構造上やむを得ず視界に入ってしまう。思ったよりもシンプルで片付いている。「お宅もドアを開けたらいいのに」と老女に言われたが、私たちは頑なに開け放さない。だって同じように丸見えだなんて耐えられない。幼い子どもも居て不用心すぎる。

もし我が家が玄関のドアを開けたままにしていたら、廊下にはどんな香りが漂うのだろうか。自分の香りは他者にしかわからないものだ。ドアを開けて夏を過ごす老女には、廊下を通して我が家の音がいつもよりよく聴こえているだろう。「早くしなさーい!」と声を張り上げる私の騒音。老女からしたら、私も珍妙な隣人のひとりかもしれない。