文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

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今年の夏休みも、年に一度の療育センター受診。今回はいつもと勝手が違う。受診数ヶ月前に予約の電話を入れると「担当医が病気療養中につき別の医師が診る可能性がある」とのことだった。お医者さんもハードな生活だろうからなあ。担当医の先生は柔らかな雰囲気で、最初の受診からずっと我が子を見てくださっていた。お元気でお目にかかりたいと思いながら診察当日を迎える。

先生はやはり療養中のままだった。受付を済ませ子は待合の遊び場へ向かう。私はその近くの壁に貼られたスタッフ一覧に目をやった。シャフリングベビーだった我が子のリハビリを担当してくださった理学療法士の先生のお名前が無い。転勤されてしまったのか。公的施設だから転勤はつきものだけど、なんだか寂しいものだ。

そして我々は初めてお目にかかる代理の先生に呼ばれ診察室に入る。真面目で繊細・清潔そうな大学教授風の医師だ。我が子に「学校楽しい?」「なんの教科が好き?」などの軽い質問をし、子は母親(つまり私)とバトンタッチ。その間子どもは室内の遊具で遊んで待つ。

先生はカルテにざっと目を通しながら私に近況報告を促す。今年度に入り随分落ち着いたこと、クラスの子ともすぐに馴染んだこと、時折不安は見られるが随分解消されたことを伝える。そして、低い山に何度か登っていることも。

「山登り、いいですね。お子さんのようなタイプの子には自然と触れ合うことをすすめているんです」と先生は言った。「こういう子は、勉強など先が読めることばかりでつまらなく感じています。山登りは単純に頂上を目指すだけではない。たどり着くまでに様々な想像出来ないものに出くわします。それは非常にワクワクする、よい経験になります」……子どもに言われてその気になって始めたプチ登山だったが、思いがけず子どもにとって良い方法だったようだ。

一方で先が見通せないような不測の事態が勃発したとき、一般的な子ども以上に不安が沸き起こり涙が出たりするのが我が子の課題でもあった。それは何度も対処法の例を提示するなどしてきた。頭では分かっているけれど心がついていかないような我が子。先生は言う。「この子たちはコンピュータでエラーが起こったときの状態の同じなんです。エラーが起こったらこうする、というプログラムを書いていくしかない。それは経験で増やしていくしかありません」と。

以後先生のプログラムに関する話を聞きながら、私はこの先生も発達障害に近いものを抱えた性質なのではないかと思い始めていた。確証はないけれど、私が0.5ほど話すと食い気味に10ほど話すようなところ。同じ話を何度も何度も繰り返すところ。コンピュータの話が、先生の経験談のように感じられる。実体験に基づくという説得力。

最後に先生は「定期的な診察はこれで終わりにしましょう。今後何かあればいつでも受診してください」と告げた。私も同じ気持ちだ。今年度の我が子の成長と先生方の異動がまるで「ここでひと区切りだ」と知らせているようだったから。

子どもと最寄駅までの道のりを歩く。最初にここに来た時の不安と少しの期待。抱っこ紐で連れ歩いた日々をこえ、リハビリを経て一緒に歩けるようになったときの喜び。子の睡眠障害で親もほとんど眠れなかったころ。あの頃は登山だなんて考えたこともなかったな。「いつか歩けるようになるよ」「眠らない子どもなんていないよ」「もっと大変な人はいっぱいいるよ」という周囲の声が当てにならないこと、その私の考えは何も間違ってないよと当時の私に伝えたい。

まだ不安の種はわずかに残っているし、これからも何かしら困ったことが起こるだろう。けれど一歩ずつ進むしかない。これまでの数年間頑張れたことを自信にしてもいいよね。これは私にだけじゃなく子ども本人にも、いや、子ども本人にこそ言えることだけれど。

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