文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

クロモジの葉の香り

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豪雨災害の夏は登山と無縁であった。5月に初めて登った山も、箇所によっては土砂崩れが起こっている。天気が良くても地盤はまだゆるく、また天気が良すぎて脱水などの危険性もあり涼しくなるまでは登らないことにしていた。

9月になり、夫も災害関連の変則的な仕事は少なくなった。しかしこの連休も休みはない。子どもをどこかへ連れて行ってやりたいなと思ったら、そろそろ山に行ってもよいのではと考えた。朝に夫を送り出したあと、我々も身支度を整え出発する。

登るのは5月と同じ山。土砂崩れの起こっていないルートを通る。涼しくなったと思っていたが、妙に汗が止まらず呼吸も乱れがちだ。こまめに休息を取りながら登る。前回よりも傾斜がきつく感じられ、いざとなったら引き返すことも念頭に置いた。

ある程度の傾斜をクリアするとなだらかな稜線に沿った箇所に出る。そこからはペースを取り戻す。登山道脇の植物に目をやる余裕も生まれた。栗やどんぐりが落ちていたり、そこかしこに「明らかに毒入り、食べたら危険」なきのこが生えている。

↑実はインスタもやっていますよ的なアピールと共にきのこ写真を貼る。

無事に山頂にたどり着く。お父さんと幼稚園児のファミリー登山にも出くわし親近感が湧く。年配女性のグループやカップル、単独男性など、様々な人々が山頂で思い思いの時間を過ごしている。我々もレジャーシートに簡易テーブルを出し、弁当をひろげランチタイム。今回初導入したテーブルは軽いうえに便利だ。無ければ無くて問題ないのだが、食事時にちょっとした余裕が生まれる。火を使う調理をする人には特に便利だろう。そしてやはり今日も山頂の珈琲は美味しい。

年配女性たちは隣の峰にも向かうようだ。大人の足で15分もあれば辿り着く場所。我々は前回行かなかったが、今回は体力的に可能なら向かおうと思っていた。子どもも同意したので向かうことにする。

山の天気は変わりやすいというが、その日もそうだった。先程昼食をとったときには眩しいほど晴れていたのに、峰を移動するうちに曇ってゆく。頭上を枝に覆われた登山道はどことなく暗さが増している。じき雨がぽつぽつと降りはじめ、我々は雨がっぱやリュックのカバーを装着。晴れた日もこれを持ち運ぶべしと聞いてはいたが、こういうことだったのだな。

そんなとき、先に居た年配男性が子どもに一枚の葉を渡した。「葉を揉んで、嗅いでごらん」と言う。子は嗅いで「わあ」と驚きの声を上げた。「いい匂い!」「ほんとに?ママも匂わせて」すると、なんともアロマティックな落ち着く香りがした。これはいい。「クロモジの葉だよ」とその男性は言った。

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クロモジの葉(揉んだあとなので葉がボロボロ)。

帰宅して調べるとクロモジはあの「和菓子を食べるときに使う太い楊枝のようなもの」でお馴染みのクロモジであった。普段からあの楊枝をクロモジと呼んでいたが、まさかそれが木の名前そのものだとは。クロモジをアロマ的に利用している例も見つかった。あの香り、もっと一般的に流通するといいなと思う。

無事にもうひとつの峰にもたどり着き下山した我々。多めに持っていったはずの水筒もギリギリの運用となり、非常用に持っていっていた干し梅が大活躍。水分と塩分の管理は今後の課題だと身にしみた。命と健康あっての登山である。

山を降り最初に見つけた自動販売機のドリンクで乾杯。腰に片手を当てリアルゴールドを飲み「沁みるう〜」と叫ぶ我が子。この一杯があるから登山が楽しい。