文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作り始めました。

静かな生活のために

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あと数日で年越しという頃、独居老人である父方の祖母から手作りの餅が届いた。手作りといっても祖母宅にある「餅つき専用機」でついた餅だ。しかしその餅を祖母の手でひとつひとつこねて形にするから、個体差が著しく形も歪(いびつ)。それをジップロックに詰め替えながら、九十を過ぎた祖母の手を思い出す。農作業と内職、介護に明け暮れた手。

祖母にお礼の電話をかける。祖母は長電話大好きマシンガントークおばあさんとして知られる人間だ。最近はさらに耳が遠くなり短く切られることが多かったが、この日は従来のパワフルさを取り戻していた。聞けば「面倒で放っていた補聴器をつけている」とのこと。なんだよ、普段から付けなよ。田舎は年の瀬に雪が三十センチ以上積もったというから、祖母は話し相手に飢えていたのだろう。私はキッチン戸棚の扉を拭きながら話すことにした。

ここからは年末に勃発、いや再発した、母とのいざこざについて記録しておかねばならない。

雪深い田舎だから正月に帰れぬ年も多いけれど、前回訪れたのが一年前。なんだかんだで一年あの田舎町に足を踏み入れていない。母には従来より困らされることが多かった。数ヶ月前に母が夫の母に迷惑をかけた件を機に、私は母との交流を絶った。LINEのブロックや電話の着信無視、郵便物受取拒否である。交流断絶前に何度も言い聞かせたにも関わらず、自らの落ち度など全く理解していない母が業を煮やしたのか、今回私の夫に直接SMSで連絡を取るという暴挙に出た。よりによって夫の仕事中に。

それによりどんなことになったか、ここでは省略する。その結果私は母に電話をし「これから、電話がかかれば出るようにするので、夫を巻き込むのは絶対にやめてください」と泣きながら懇願した。悲しみと苦しさと風邪で涙と鼻水が止まらない。「しかし、私はあなたと雑談をしたくありません。この数ヶ月関わらないことでかなり楽に過ごせていました。電話は、本当に用事がある時にしてください」「あなたの趣味は好きに楽しめばいいけど、夫の母や私たち家族を巻き込まないでほしい。あなたの趣味をみんなが好むとは限らない」……それらの言葉は、母にきちんと通じた可能性は低い。だが、さすがに母もマズい雰囲気だと察知したのか珍しく謝罪の言葉は出てきた。しかしあまりにも適当に「ごめん、悪かった、ほんとごめんねぇ〜でもさぁ、LINEのブロックだけでも解除してくれない?」と言われ、私は「それは無理です。失礼します」と電話を切ったのだった。

このような私の態度に「それは良くないよ、親は大事にするものだよ」「適当に調子合わせとけばいいじゃん」と言う人が、これまでにも何人か居た。きっと親子関係に満足して暮らしてきた人なのだろう。私も人間として、そっちが好ましいとは思う。だからこれまで苦しんできたのだ。同居祖母からのプチ虐待*1を目の前で見ながら放置した母、母の行動で対外的に恥ずかしい思いをした記憶、宗教・マルチの勧誘を友人関係と勘違いする母、人間として全く私と気が合わず会うと疲れることでおなじみの母。そんな人とも比較的面白い思い出だっていくつかあり、さらには「親だから大切にしなければならないという倫理的呪縛」が私を苦しめてきた。

独居老人である方の祖母は、そんなことなど何も知らずに私と長電話をしている。それで良いと思う。「またお母さんのところへ帰るとき、うちにも寄ってちょうだい」と言われ、うんと答える。祖母は忘れやすいお年頃だから、前にいつ会ったかももう忘れているだろう。それで良いのだ。今度あたたかい時期に、母の地区に寄らず祖母の地区だけ行けば良いだけのこと。父の墓参りだって出来る。

夫はよく「お母さんをそんなにぞんざいに扱って……お父さんが生きてたら叱られるよ」と言う。もし父が生きていたら、これまで母および同居祖母がやったことを叱り飛ばすところから始めていただきたい。まあ、父が生きているなんてこと、絶対無いけど。その妄想ごっこは、小さい頃散々やってもう飽きた。妄想は何も生み出さないし現実は変わらない。私は今の家族との生活を大切にしたい。

*1:虐待に大きいも小さいもないはずだが「死ぬほどつらい目にあった人に比べれば、まだ幸せだ」とずっと思い込んでいた