文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

作ると弾くの相互関係

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年に一度のペースで我が子は曲を作る。日頃から我が子は曲の断片を鼻歌のように作り、私のスマホ(のボイスメモ)や適当な紙切れにドレミを保存しているのだが、そこから選抜し一つの曲を作り出すのだ。

それを音楽教室の個人レッスンで先生にチェックしてもらう。「ここは上がるより下がって行く方がかっこよくない?上がると『ありがち』な感じになっちゃうから」と先生に言われ、我が子は「じゃあこれはどうですか?」などとその場で修正する。私はそれを部屋の隅で眺めている。

既に存在する誰かの曲を弾くのも楽しいし勉強になるのだが、作曲となると我が子は途端に元気になる。通常と比べそこまで弾き込むレッスンではなく疲労が少ないというのもあるのだが、それ以上にレッスンをエンジョイしている。私も毎回レッスンに立ち会いメモを取るが、作曲過程において記録すべき箇所は少なく若干気楽である。

子が作った右手のメロディに対し、先生は「左手、こんな感じはどう?」とアドバイスしてくださる。それを聴き「はああああ………!最高です!」と感極まったリアクションをする我が子。自分の作った曲がどんどん仕上がっていくのは面白い作業なのだろう。そこから子も何かを思いつきその場で付け足すなどしている。側で見ていても充分面白い。

一方で次のコンクールについてぼんやりと考えている。日々だいたい何かしらのコンクールに向かっており、夏にもひとつの目標をクリアした。次回も同じ曲で挑むのかと思いきや「別の作曲家の曲も勉強してみましょう。さっき先生の弾いた音で『はああああ!』って喜んだみたいに、いろんな人の曲を勉強した方が自分の思いもよらない発見があっていいよ」と先生はおっしゃる。そして現在先生の曲セレクトを待っているところだ。

子どもが作曲好きだから「どんどんやりなさい」とやらせていたけれど、結果的にそれが弾くことにも良い影響を与え、逆に弾くことも作曲に対して良い影響を与えている。その相互の関係、これからどうなっていくか引き続き見守りたい。