文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

新型コロナとピアノの格闘/新刊通販開始のお知らせ

f:id:left_right:20200331230917j:image

世の中の情勢が緊迫している時、私はインプットに走る傾向にある。数年前に土砂災害があったときもそうだった。自分が安全な場所におり、またボランティアに行こうにも子どもが小さく難しかったというのもある。そんな私が家族を守りつつも何をすれば良いのか。土地や地域について調べているうちに放送大学の科目に行きつき「そういえば私、大学編入と卒業の目標忘れてたわ」「こういうときだからこそ学ばなければならない、世の中を知るには基礎知識や教養がなければ」と気づいた。そして結果的に放送大学とは違う大学に編入したのであった。

今は学問的なインプットというより、本作りの基礎的な部分を追いかけている。主に地図関係の本ばかり購入してしまう。日頃から寝る前に地図を眺める傾向にあるが、その上の段階である「地図の読み方」に注目している。そこから都市の特徴がよく見えてくると考えた。新型コロナには直接関係がない話だが、世の中が大きく動揺しているなかで都市のあり方や地形の特徴、人の流れや文化などは全く関係ないともいえないのでは、という「こじつけ」もしつつ。

さらに自分のインプットだけではなく子どものインプットや教育も同時進行で考えている。もちろん健康のことを第一にしながら。相変わらずドリル類をこなしながらピアノの練習に明け暮れる日々である。

ピアノをやっている我が子にとって、グランドピアノに触れない期間が長引くのは大問題であった。家には電子ピアノしかない。ただでさえコンクールに出始めてから一年以上が経過し、電子ピアノに限界を感じているところ。2月は週一でグランドピアノ練習室を借りていたのだが新型コロナで閉鎖。やむなく他の練習室やホールを探し回り、なんとか二度ほど外部で練習をした(上の写真はそのときのもの)。そのうちいつもの練習室もレンタル再開。人の少ない平日だけ・なるべく公共交通機関を使わず・他者と距離を取る、というマイ感染対策ルールを適用し通っている。徒歩の時間が大幅に増えたので子の運動不足解消にもなる。

しかし、もう1ヶ月以上個人レッスンを受けていないという状況は変わらない。子が1歳のころから音楽教室のグループレッスンに通うようになって、こんなに長く指導を受けないことなど無かった。個人でピアノレッスンを追加してからは、ほぼ週一で先生に見てもらっている。それゆえ、最近だんだん弾き方が自己流になっているのではないかと焦る。レッスン時に私が取ったメモを読み返しながら練習しているが、限界がある。

これを下書きしている数日のあいだに、レッスン再開日のお知らせが来た。お知らせが来ただけで、レッスン自体は先のこと。しばらく自主練のみの日々が続く。まだまだ状況は変化しているから、ひょっとしたらグランドピアノ練習室にだってまた通えなくなることもあるかもしれない(そのくらいの危機感は持たねばならないだろう)。

だから私は毎回、子の演奏を録画するようにした。本当だったら立つはずだった大きな舞台も中止になった今、練習している曲が作品としていったん完成する瞬間がいつ訪れるかわからないからだ。この数ヶ月の子どもの努力をせめて動画で形にしてやりたい。そしていつか舞台にまた立てる日が来た時、それを超える演奏ができるように。

まだピアノが弾けるだけ良いのはわかっている。大きな災害や病気で、物理的に・身体的にピアノが出来ないことだってある。緊急事態というのは、いつも突然やってくるものだ。日々覚悟を決めて生きよう。

ついTwitterにぽろぽろ投稿しがち/こちらはまとめて書きがちですが、3月24日から予定どおり新刊の通販を開始しています。お出かけできない今日この頃、ゆっくり本でも読みましょう。いつかまた旅に出られる日を夢見て。