文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

個人書店ならではの、本との出会い方

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画像は「おうち時間」でやむなくお菓子の製造量が増加した結果生み出されたもの。

自分が本好きでリトルプレスまでも作っているせいか、このような状況だとつい本屋さんを応援してしまう。もちろん医療関係・配送・食料などなど、諸々頑張ってくださる皆様に感謝している。しかし、ここでは自分の得意分野に関することを発信するのがよかろうと考えた。

本は命を繋ぐ衣食住の優先順位から外れるかもしれないが重要なのだ。最近はみんな家にいるからインターネットに接続する人も多く、我が家のネット環境だと時間帯によっては重く繋がりにくい。我々が動画鑑賞などハードに使いすぎて制限が来ているのかもしれないが。

そんなときに頼りになるのは本だ。子どもの退屈しのぎになるうえ教養を高めることができる。ある程度何かをやり尽くし暇だ暇だと子どもが言い出したら「とりあえず本棚見て何か読んで」と言う。子ども向けだけでなく大人の本も許可する。もちろんネットと同じくペアレンタルコントロールをしたうえで。最初はぶーぶー言っていても、気づいたら静かに何か読んでいる。そこから何か別のやりたいことを思いついたりもする。

4月の再休校にあたり子どもの学校からも課題が用意されたが、算数は復習ばかりで新学年の内容がない。他の科目もそこまでたくさんの新規内容はない。中には学校に教科書を預けっぱなしの科目もある。さらに自粛・休校が予想されるなか、我が家は前学年の復習をやり終え新学年の発展・難問系ドリルしか存在しなかった。基礎は大事、基礎あっての発展である。その対策のため教科書準拠のワークを取り寄せるなど本屋さんにはお世話になった。以後、学習指導要領対照表を見ながら勝手に授業計画を立て日々を過ごしている。

本屋さんも、大型連休を前に続々と休業のお知らせを(SNSで)見かけるようになった。大型書店さんも大変だが、個人書店さんは特に心配である。ネット通販をされているところには出来るだけ協力したい。あまり頻繁だと私の財布の事情もあるし、世の中の配送量を増やしすぎてもいけないから様子を見ながら。

そう思っているところに出会ったのが『みぎわに立って』であった。

ちょうどホリデイ書店さんで私の本『ゴミ処理場の静と動』の通販が始まり、そのページを見た流れで『みぎわに立って』の表紙の美しさに目を奪われた。

いわゆるジャケ買いに近いが、内容も気になった。これもまた、個人書店「橙書店」を営む田尻久子さんの書かれた本だったからだ。個人書店さんの推す個人書店の本、これは余程のことだろうと私は解釈した。

届いて本を読みながら、私は薄々この書店を知っているような錯覚に陥っていた。でも私は熊本市内をぶらぶらしたことがないし…おかしいな、と思い色々検索し気づいた。まず、すでにSNSで田尻さんの本や橙書店の情報に触れていたこと。タイムラインで何度も田尻さんの別の本『橙書店にて』の表紙を見かけた。見かけたのにその時は何も気づいていなかった。

さらに「丁寧な暮らしではなくても」という最高に心をくすぐるフレーズに惹かれて購入した『暮しの手帖』2020年2-3月号。「目利きの本屋さんに聞いてみた」というコーナーに田尻さんも登場している。たしかにこれも読んでいた。

遡って『CREA』の2016年12月号。私の愛する「贈り物バイブル」特集号に、村上春樹さん熊本訪問の記事が載っている。そこにも橙書店のことが書かれている。ああ、読んでいたのに全く気づいていなかった。こんなにたくさん橙書店/田尻さんの本に触れるチャンスがあったのに。ようやく私はそのチャンスを掴んだのであった。

リアルな本屋さんに行けばこんな出会いがもっとたくさんある。けれどそれが叶わぬ今、ネットでも同じように出会わせてくれたのは、やはり個人書店さんゆえのことだと思う。前回ブログに書いたマドカラさんにしてもそう。通販でも個人書店さんの良さが出ている。だから是非色んなお店に「遊びに」行ってみて欲しい。

↑このリンクを作られたのも『みぎわに立って』の出版社である里山社さんだ。これもまた、その事実に気づかずSNSでリンクを見つけリツイートしていた。

(私は色んなものをタイムラインで見ているけれど、ちゃんとその情報を自分のものにしていないなあと思う。情報の整頓しやすさもリアルな紙の本ならではだな、と思ってみたり。本題からズレてすみません)

こんな出会いがあるから本が、読書が、書店巡りがやめられないのだ。きっと今、それどころではない方もたくさん居られよう。その合い間でもし、何かで頭を切り替えたい、何かに触れたいなんてことがあったら、本や活字に触れてみて欲しいと思う。