文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

動くお金とお気持ち

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ゆるゆると自粛が明けていくのかと思いきや、一気に社会が通常モードに戻った。そんなに早く大丈夫なのか、すぐに第二波が来てしまうぞと怯える気持ちとホッとする気持ちが入り混じる。家族も職場や学校が通常に戻り、6月14日には約3ヶ月ぶりに外食に出かけた。

6月とはいえ新学期みたいなものなので、子どもは学校生活の疲れで学業面でも精神面でもお疲れ気味。そちらのケアに重点を置いた数週間であった。

同時にやたらと事故や怪我の話を耳にするようにもなった。これも自粛明けの影響なのだろうか。家族もちょっと被害(とまでは行かない軽いものだけど少しでもズレてたら大事故だった)を受け、関連し検査のため病院に同行したりなどドタバタとした日々を送る。幸い無傷で検査も異常がなかった。

というわけでその後神社へ出向いた。非科学的なものを信じ込んでいるわけではないけれど、区切りというか儀式的な意味を込めて。家族分のお守りも購入した。時期的にも夏越大祓の人形の配布が始まっており受け取る。各々人形に記入し、来週また持参する予定。

参拝を終えると、心なしか晴れやかな気持ちになった。日差しは暑いが風が心地よい。

新型コロナの話に並行して、広島の河井議員夫妻が金の問題で逮捕され連日ニュースになっている。ちょうど検査のため病院に向かう少し前に彼らが逮捕され、乗ったタクシーの運転手さんがその話題を持ちかけてきた。

「あの人たちは悪くない、みんなやってる、田中角栄だって。あれで日本はよくなったんだ」……持論を展開し演説するタイプの運転手さんであった。面倒なので「表面化してないだけで多くの議員がそういうことやってるんでしょうね」と運転手さんに言い、すぐに家族との会話を始めることで遮った。

神社へのお金と買収のお金、全く違うものだけど、どちらも「お気持ち」で動くタイプのお金だなとぼんやり考える。

断ることで悪い扱いを受けたら困る、その気持ちを利用してお金を押し付け、自分の良い方向に動くことを望む政治家。受け取らず告発することだって出来たはず、でも結局受け取ってしまった人の気持ちは100%クリーンとはいえない。

神社へのお金はそんなダークなものではないけれど、一歩間違うと怪しい新興宗教の如く依存的なものとなるだろう。神様仏様にお金を差し出しても直接事態を好転させることはできない。その人はきっかけや気持ちの整理にお金を払う。

同じお気持ちでも、買収に関わったお金は相手の心を不正な道へと操作し、神社へのお金は自分の心を操作する。人の心をお金で悪い方へ動かさない、悪い方へと動かされない人間で居たいなと思う。ま、専業主婦を買収してくる人なんて居ないと思うけど。