文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

活動を晒す意味

文学フリマが終わり二日経った。その前日に歩きすぎた足には、まだ筋肉痛のような痛みがある。

子どもを連れて歯科医院に行くと、診察椅子に乗ったと同時に院内のBGMが山下達郎の「パレード」に変わった。子どもと私は「おっ」という顔になる。院長は子どもの歯にフッ素を塗りながら「ランドセル何色なの?」と聞いてくる。院内の飾り付けがクリスマス仕様になっているせいか、頭の中に年末の買い出しをする場面が浮かぶ。もうすぐ12月なんだ。

私の足は痛むけど、季節は一日ずつ、少しずつ変わっていく。

文学フリマに出店するということは無謀だったかもしれないが、やってみて良かった。最初は客として参加してから…なんて思ったりもしたけど、いざ客として行ったら「私も出せば良かった!私も書きたい!作りたい!」という気持ちになるに決まってる。本屋の中をぐるぐる巡り本をチェックしているうちに自分も何かを書きたくなるように。

通販の可能性を探っていたけど、やはり業者は価格が高い。フリマサイトも互いの個人情報は守ってくれない。今のところリクエストがあるのは大学の人々だから、何か大学でそのようなイベントは無いだろうかと考えたら、出身大学で芸術関係のマルシェを開催した実績があった。そうだ、この記事を目にしたことがあったのにすっかり忘れていた。また開催されることがあれば応募してみよう。一般のお客様もきっと来るはず。

そういえば芸術系の大学は同窓会が個展などを開く卒業生に助成してくれるというのも同様に忘れていた。前回の記事で少し触れたが、同じ大学の文芸サークルもその助成(もしくは在学生の助成かもしれない)で文学フリマに出ると書いてあった。開催前夜まで大学関係に晒すのはやめようと思っていたけど、もう一部のみなさんには晒したわけだから「ペンネームを使用することは守りつつも、大学関係には〇〇学科出身の者です、と活動を晒す」という方向で行けたらなと。

活動を晒すということは責任を伴うし、みっともない姿だと笑われることも覚悟せねばならない。ペンネームなんてつけて、くだらねえ本作って自己満足かよ、と影で言われてもおかしくない。いま振り返って小学生の頃の作文を読みたくない・恥ずかしいと思うように、未来の私も今の私を恥ずかしく思うかもしれない。それでも辞めないのは、みっともなくても晒すことに意義があるからだ。笑われて気づくこともある。どうか笑ってください。その代わり私も、今やれることをしっかりやろう。実績がないなら作るしかないんだ。