文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

対象物を見つめる

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「破産者マップ*1」というサイトを知ったのは週末のことである。官報に載った破産者のリストを地図上で見られるようにしたものだ。事故物件をマップで示した「大島てる」に近い。興味本位で表示してみたところ、想像以上にたくさんの破産者が世の中に存在することがわかった。マップはここ3年間のデータのみ表示しているというから、実際はもっとたくさんの人が破産手続を行っているのだろう。

マップを眺めていると、氏名だけでなく店名や社名も併記されている。特に飲食店が目立つ。飲食業は水物というし、その経営の難しさを想像する。どんな凄腕シェフでも経営ができなければどうにもならない。メディアで新店オープンの特集を見かけることも多いが、新しい店ができるということは、その前にあった店が閉店するということ。消えていく店も多いのだ。そこには人の人生があるのだな。もちろん破産以外にも「高齢で後継者がいない」という理由や、破産申請を行わないだけで多額の借金を抱え閉店、というケースなど、各々の事情があるのだろう。「破産者」という言葉でそれを実感する。

そんなドラマを感じる一方で「破産者マップ」をオープンにする意義が明確でないことも疑問だ。実際にこのサイトは賛否両論あるとニュースになっている。官報に出ている情報とはいえ、それを取り上げる意義がないのであればただの醜聞であり、野次馬根性に火をつけているだけのように思う。そして破産者マップに掲載されたことを利用し「マップから消してあげますよ」など語る詐欺や犯罪が起こる可能性もある。

前回の本で、私は広島の街の過去と現在を観察した。その中で「前にあったものが、今はもうない」「あの味わい深い店がなくなって寂しいな」と自分視点での感想を多く述べた。実際はもっと、その裏にある人々の気持ちを考えてみる必要があったかもしれない。とはいえもう、過去の建物に居た人々にインタビューはできない。あの時聞いておけば良かったな。同時に「インタビューの重要性」も感じる。もちろん書物やデータも必要だし、様々なことを感じ取れる。けれど、チャンスがあるにも関わらず実際に生き様・出来事・気持ちに触れずして語るのは失礼だし、その対象物を本当に見つめたとは断言できない。破産者マップという下世話なものを眺めながらそれに気づく。次の本はもっと徹底的に行かねば。

*1:その意義の不明確さから、リンクは貼らないことにする。