文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

チラシ配りと演じる私

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子どものピアノコンクールが終わった後*1、平日に何度かチラシ配りのバイトに出かけた。馴染みの派遣会社を通した期間限定の仕事で、健全な会社のチラシだったこと(危ない・怪しいチラシなどこの身を晒して配りたくない)、配布時間も短時間で子どもの帰宅時間に余裕で間に合うことなどが決め手であった。チラシの詳細を確認したのは当日。私がもしその配布に遭遇したら「このチラシ欲しいな」と思うほど魅力的なものだったから、多くの人が手に取ってくれそうだ。少し気も楽になった。

人通りの多い場所で、事前に教えられたセリフを繰り返しながら配る。これまでの人生、割とナレーションをしたりマイクを握ることがあったから、こういうの嫌いじゃない。対して街の人々は……こちらを全く無視してまっすぐ進行方向へと向かう人、照れ笑いを浮かべ立ち去る人、「要らない」と吐き捨てるように呟く人、一度無視した後「〇〇です」とこのチラシのお得ポイントを述べる私の声に振りかえり、慌てて「ください」と要求する人、「これホントお得だよね」と好意的な人、この商品と自分の思い出話を延々語る人、「何枚かください」とお願いしてくる人、様々な人が居た。相手に合わせてセリフやチラシを差し出すタイミングを変えていくうちに、人間観察がチラシ配りのテクニックに繋がるという発見もあった。道を尋ねられることも多かったし、フラフラ荷物を抱えて歩いているおばあさんを助けたりなど、ただ配るだけではない任務(?)がある仕事。それが妙に面白い。

こういう時に危ない人が近寄ってくるのも想定の範囲内だったが、いざ目の前で男性に「山の写真を見てください」とポケットアルバムを出されたのには動揺した。表紙にはマジックで山の名前と日付が書かれている。それを目の前で開き、見るように促してくる。全く無視すると危害を加えられることもあるかもしれない、けれど興味あるようなリアクションをしてしまったらどんどん相手が付け上がってしまう。その結果「そ、そうなんですね」と言ったあと全力で微笑み会釈、少し離れてチラシ配りを再開した。男性はまだ見て欲しそうにポケットアルバムを差し出してきたが、すみません仕事中なのでと言うと去っていった。

「あなたの笑顔は本当に素敵。その笑顔を忘れないで」と言ってくれるおじいさんも居た。私は普段あまり表情豊かではなく、無表情だったり仏頂面をしていることが多い。それは不機嫌なのではなく素の状態である。しかしチラシ配りの間はずっと意識的に笑顔を作るようにしていた。そのほうが手にしてもらいやすいと踏んだからだ。そうしているうちに、自分がまるで舞台の上の役者になったような気持ちになってきた。私は店の看板娘役。社交的で誰にでも親切に振る舞い「この商品をよろしくお願いしまーす」と人々に訴えかける。笑顔を褒めてくれたおじいさんは誰にでもそういうことを言っているのかもしれないが、私の演技を褒めてくれたと思うことにする。

最終日、同じ小学校の保護者女性に遭遇した。先方も「あれ?この人、学校のママさんに似てるけどやたらニコニコしているし雰囲気が違う、違う人かな?」という顔をしている。学年も違うし会う機会も少ないから迷うだろう。その隙に満面の笑みで「どうぞ〜」と女性にチラシを渡す。本当によかった、怪しい店や商品のチラシじゃなくて。数日後、学校でまたその人に遭遇した。私はいつもの表情で「こんにちは」と言う。チラシ配りとは違う全力じゃない笑顔。ママさんも通常どおり「こんにちは」と返してくれた。次に舞台に上がる時までは、このまま普通の私である。

*1:この話もまたブログに書かなきゃと思いながらタイミングを失っていた