文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

香りの記憶

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新婚旅行で訪れた外国のホテルは、ロビーにスパイシーかつ甘い香りが漂っていた。日本にもいくつかそんなホテルがあるが、その界隈のホテルのロビーは大抵ディフューザーのようなもので香りを噴射していた。しかもホテルごとに香りが微妙に違い、それがまた各ホテルを訪れる楽しみの一つとなっていた。一番最初に嗅いだからかもしれないか、私は自分の泊まったホテルの香りが一番好きだ。あの香りと同じ香水はないかと免税店で探したり訊ねたりしたのだが、ぴったり同じものは無い。仕方がなくミスディオールの香水を買って帰った。

ホテルのアメニティ類を少し持ち帰ったのだけど、それらの香りがロビーの香りに近い。香りも統一するようにしているのだろうか。時折それらの香りを嗅いで懐かしく思い返していた。香りは追憶の感情を引き起こすというが、私はそんな格好つけたことを言うに値しない。石鹸に鼻を近づけて「これホント良い匂いだよねぇ」とスーハーするのみ。帰国後泊まったホテルに問い合わせのメールを入れていたのだが、私の英語の拙さが原因か返事が来ることはなかった。ウェブで検索しても「この辺りのホテルはロビーの香りがいいですね」という口コミ程度である。

あれから随分と年月が経った。先日我が子とヘアミストを買いに行こうという話になった。夏場は汗をかくうえ授業でプールに入る子どもは頭の香りがすごいことになっている。私の頭も汗と加齢ですごいことになっている。二人で頭を嗅ぎ合い「臭い!」と叫ぶ怪しい親子は、ドラッグストアで最新のヘアミストを買った。これがなかなか良い。汗の匂いを消し去りつつ程よく香り、長時間持続する。良かった良かったと胸を撫で下ろした。

しかしヘアミストは若干若者向けの香りであった。どうせなら私は大人向けを買おう。買ったヘアミストを子ども専用とし、私専用のミストを探す。できれば全身に使えるのが良いなと調べていくうちに、THANNのフレグランスミストに行き当たった。顔以外の体全体に使えるうえ、ファブリック類に使うことも可能。問題は香りだが、果たして自分に合うものだろうか。そこでふと気づいた。私、THANN持ってるぞ。以前東京に宿泊した時、外資系某ホテルのアメニティがTHANNだったんだ!

私は洗面台の下にあるアメニティ保管ボックス*1から、ボディローションを発見し開封する。おお、鼻腔をくすぐる刺激的な香り。アロマティックウッドと書かれている通り、ウッディな雰囲気。でもって少し甘くて、オリエンタル系のスパに来ている気分。ああ、懐かしいなあ。

自分の腕に塗りながら、これはもしや新婚旅行のホテルの香りにかなり近いのではないかと考え始めていた。本物はもっと濃い香りだし、きっと一緒に行った夫にも「全然違う香りだよ」と言われてしまいそうだ。だけどこれまでの「香水」然としたものたちよりも、このようなアジアンテイストなものの方が圧倒的に記憶の香りに近い。よく考えれば新婚旅行で泊まったホテルもアジア圏、THANNもまたタイのコスメブランドなのであった。ああ、もっと早く気付けば良かった。私はボディローションを塗った自分の腕をスハスハ嗅ぐ怪しい人間と化してしまった。

かつてTHANNのショップが我が街にもあったけれど、その時は特に訪れようという気にはならなかった。以前プレゼントで頂戴したTHANNのアイテムの香りがあまり気に入らなかったというのもある。検索し、実際のTHANNの商品はホテルのアメニティよりも香りが薄いという情報もキャッチした。むしろ周囲に香害を与えず好都合と考え、早速ウェブで注文した次第だ。早く届かないかな、それまではボディローションを嗅ぐ日々になりそうである。

*1:最近厳選し整頓したので長期間置いているものや使いそうにないものは捨てたのだった。THANNを捨てずに保管しておいて良かった…