文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

ハチロク

今年は雨の「ハチロク」である。ハチロクが何を指すかはお判りの方も多いであろう。今日は小学校も登校日に指定されている所が多い。

私はこの街の出身ではないが、私の田舎には「被爆し火傷を負いながらも命からがら何日もかけ子連れで歩いて逃げてきた」という伝説のおばあさんがいた。おばあさんは父方の祖母と仲が良く、山菜おこわの作り方を祖母に伝授してくれたり、我々きょうだいに手縫いの皮ポシェットを作ってくださったりした。

そのおばあさんは随分前に亡くなったが、山菜おこわは未だに祖母の得意料理として披露されることが多い。その味は祖母からさらに私の叔母にも受け継がれているようだ。これがあの日を乗り越えた味なのか、と毎回感慨深く頂戴している。

平和について考えるとき、人々は多くの教育者や戦争体験者、被爆者の声を聞くことになる。時にその人の理想や怒りが爆発し、聴衆は責められているような何とも言えぬ気持ちになる。そして通り一遍の感想文を提出し平和学習は終わるのだ。

しかし人々の暮らしは終わらない。では、平和であるためにどうすれば良いだろうか。

私が考える平和とは、あのおばあさんの山菜おこわの味が長く受け継がれることである。おばあさんの頑張りでなんとか生き延びたけれど、もしかしたらあのとき途絶えていたかもしれない味。これから先もそれを味わえる平和な世の中であってほしい。

あの味を守るが如く、人々はそれぞれの生活を守り、他者の生活を侵害してはならない。その暮らしの積み重ねが最終的に社会全体の平和につながるはずだ。私は家庭という小さな社会の一単位で、我が子に生活と平和の意味を語り続けていかねばなるまい。