文化的生活の記録

「旅文学」の小さな本を作っています。

gifted.6

以前からこのブログには時折「gifted」というタイトルで我が子の療育に関する記録をつけてきた。最後に「gifted.5」というエントリーを書いてから約3年が経過。あれから療育を再受診することなく日々を過ごしている。

子供時代に神童と呼ばれた人が大人になったらごく普通の人になった、という話をよく聞く。あれは大いにあり得る、なんら異常ではない話だと思う。もちろんそのまま大人になって有名大学に入ったり、なんらかの研究をしたりなどで立派な功績を残している人もいるだろうけど。

幼少時、たまたま平均より抜きん出る勢いで能力があらわれ、それがIQという数値になって現れただけ。成長するにつれ周囲の能力も上がれば平均も上がり、ごく普通の人になるのは当然のことだ、と私は解釈している。

よって、我が子もだんだん目立たぬ普通の人になると思ってきた。「普通」というより「平均」と言ったほうがいいかもしれない。以後平均を超えるのは本人の努力の方向性次第だろうか。そこは自分で判断し、ここだと思った道に進んで欲しい。私はその応援やちょっとした助言をすることしかできないし、自身で判断して欲しいと考える。もちろん協力や応援は全力で行う所存。

現在の我が子は相変わらず言語能力に長けており、それは英語学習、読書、国語、自己表現(ピアノ含む)などの分野で役立っている。思いがけない出来事への対処も緩やかに成長中だ。

そんな中、一冊の本を購入した。

giftedや発達教育について調べた方ならご存知であろう、東京大学の異才発掘プロジェクトROCKETの書籍。実際にプロジェクトでどんなことが行われ、どんな学びがあったかを知ることができた。

我が子はそこまでの支援が必要なほど突き詰めるものは現在ないのでそもそも応募検討すらしていなかった。ROCKETに参加する子はかなりの才能があり、大人顔負けのミッションをクリアしていくのだろうと勝手に思い込んでいた。

実際は、当たり前だけど参加者はそこらの子どもたちなのだ。才能部分の教育ではなく、ごく一般的な教育を受ける子どもたちでもためになりそうな課題の数々。それをこなしながら得るのは、机上の勉強だけでは得られないコミュニケーションや人間的な心の部分もあった。

それを読みながら私は「gifted.5」に書いた山登りのことを思い出す。

「山登り、いいですね。お子さんのようなタイプの子には自然と触れ合うことをすすめているんです」と先生は言った。「こういう子は、勉強など先が読めることばかりでつまらなく感じています。山登りは単純に頂上を目指すだけではない。たどり着くまでに様々な想像出来ないものに出くわします。それは非常にワクワクする、よい経験になります」……子どもに言われてその気になって始めたプチ登山だったが、思いがけず子どもにとって良い方法だったようだ。

gifted.5 - 文化的生活の記録

新型コロナの関係で外出が難しい今日この頃、山もしばらく登れていない。登山やキャンプをする人もいるけど、何か事故や怪我があったときに救助や病院の混雑混乱の要因の一つになってはいけないと思い、我が家の場合は控えている。

自由に出歩けるようになったらまた山登ろうね、と時折窓の外を眺めながら話している。こういう事態のときどうするか、どう楽しむか、どう問題を解決していくか。考え実行するチャンスとも言える。我が子が家の中でできることを日々実践している様子を眺めるのもまた良いものだ。

 

***

 

f:id:left_right:20210603093112j:image

↑子が昨年度最終月の基礎英語1テキストに書いていた文。memorableかもしれないけど。こうやって毎日コツコツやり続ける大切さもわかってきたはず。